BAD BOY
憎まれ口を叩いたつもりだったのに、間髪入れずに返ってきた予想外の応答にカガリは息を止めた。
胸に衝撃が走り身体の奥から湧き出てきそうな何かを、アスランが自分のことを好きなはずはないのだと言い聞かせ、カガリは必死に抑える。
「・・・嘘だ」
しかし口からでた声は震えていて、カガリの動揺をはっきりと示していた。
「嘘じゃない。そうじゃなければあんなことできない」
「だって一度も」
キスをされたことがなかった。
真摯に自分を見つめるアスランに、カガリは泣きそうな顔でそう言いかけたが、その発言の過激さに、さすがに途中で言葉を飲み込んだ。
「カガリが良いって言うならするよ」
しかしカガリの言わんとしたことは伝わってしまったようで、アスランは薄く笑うとカガリの枕元にぎしりと片手をついた。
考えていたことがばれてしまい、羞恥に絶句するカガリを見下ろすアスランの顔は、先ほどとは打って変わってどこか余裕があるようだった。
「俺は君に本当に酷いことをしたと思っている。だからもう辞めにしようと思ったけど、君がいいっていうのなら俺はもう遠慮しない」
カガリの目を真っ直ぐにみてそう言い切ると、アスランはその顔を金糸の散る細い首元にうずめた。
「や・・・っアスラン、待って」
久しぶりに感じるアスランの舌と吐息に、カガリは身体を震わせながら、身を捩った。
一体どういう運びでこうなったのか。
普通に接してほしいと頼まれ、辛そうな顔で謝ってきたアスランを突っぱねて、それから?
いきなりの展開についていけないカガリを、アスランは容赦なくその身体で抑え込む。
不快感はなかったが、状況を飲み込む時間が欲しかった。
「アスラ・・・っ、お願い・・・っ」
目を閉じながら涙交じりの声で必死に懇願すると、ぴたりとアスランの手が止まり、代わりにじんわりと温かさの籠った声が降ってきた。
「やっぱり可愛いな」
「え」
感情の籠った声にカガリが驚いて目を開けると、柔らかく目を細めるアスランの顔があった。
「部活終わるまで待ってて。家まで送っていくよ」
身体を緩めるようにふっと息を吐くとアスランはベッドから身体を起こし服装を正してから、くるりとカガリに背を向けカーテンを開けた。
「え、あの・・・?」
去っていく背中はしかし、先ほどの悲壮な雰囲気は一掃され、代わりにどこか明るく楽しそうな雰囲気を纏っていた。
カガリが何か言ったわけでもないのに、何故だか機嫌の良いアスランに、何となく置いてけぼりにされた気がして、カガリは慌てて身を起こした。
「わ、私もお前のこと、弟みたいに可愛かったんだぞ」
可愛いと言われた照れ隠で出た言葉だったが、アスランの歩みを止める効果はあったようだった。
十年前、一緒に空手道場に通っていたころ。
大会では毎回入賞し、女子のなかでは敵なしのカガリだったが、たった一度だけ怪我をしたことがある。
試合の控え中に他校の生徒から因縁を付けられたアスランをかばって喧嘩をし、突き飛ばされた拍子に頭を打ってしまったのだ。
他校の生徒たちは慌てて逃げ出し、気を失ったカガリを抱きしめ泣きじゃくっていたアスランを、いなくなった二人を探しに来た保護者が会場の隅で見つけ、カガリは医務室で寝かされることになった。
「カガリちゃん、大丈夫?」
カガリが目を覚まし、保護者から出ていくように促されても、アスランはカガリのベッドから離れなかった。
「おまえ、泣くなよ」
泣きじゃくるアスランの頭を、ベッドに横たわったまま、カガリがよしよしと撫でた。
「あたま、もういたいくない?」
「うん」
「ぼくのせいで、ごめんね」
うっと再びアスランが涙をこぼす。
「かならず、つよくなって僕がカガリちゃんを守るから。やくそくだから、ぼくがひっこしても、ぜったいおぼえててね」
「うん。おぼえてるぞ!ぜったいわすれない。でも、アスランよわいからなあ、おとうとにして、私がずっとまもっててやりたいよ」
「弟は、いやだよ」
アスランが哀しそうに俯いたので、カガリは慌てて手を振った。
「つよくなったら、おとうとにしない!」
「うん。つよくなったら、弟じゃなくて、およめさんになってくれる」
「いいぞ!」
「これもやくそくだね、カガリちゃん」
「弟、ね」
振り返りながら、アスランが苦笑する。
「そう思われるのは癪だな、やっぱり」
「やっぱり・・・?」
「まあいいよ、なにしろ汚名を返上するのは得意なんだ。それは一番君が分かっているだろう?」
口角にゆっくりと弧を描いたアスランは美しかったが。
「ねえ、カガリちゃん」
その言葉通り、今度は唇を唇で塞がれながら、カガリはアスランに散々いじめられることになるのだった。
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