BAD BOY


「頼む、カガリ」

アスランの声には懇願が浮かんでいたが、カガリは素直に受け取れることができなかった。
今まで散々アスランに振り回されてきたのだ。
今回だって、罠なのかもしれない。
背を向けたまま、カガリはシーツを固く握った。

「そんなの、無理だ」

カガリがアスランに付け入る隙を与えず拒絶すると、しばらくして諦めの滲んだ声が返ってきた。

「そう・・・だよな」

椅子が軋む音と気配で、アスランがベッドに寄せられた椅子から立ち上がったのが分かった。
道場に戻るつもりなのだと思うと、自分でそうしろと言っておきながら、一抹の寂しさを感じたカガリに、アスランは続けた。

「本当に悪かったと思っている。金輪際もう君に関わらないと約束するよ。皆の手前、全く話さないってのいうのは難しいかもしれないけど、部活もやめる。クラスでも極力話しかけない」

「え・・・」

カガリが漏らした戸惑いに気付かずに、カガリを安心させようと微笑むアスランの気配が背中越しに伝わってきた。

「だから安心していい。ゆっくり休んでくれ」

そう言って、ベッドを囲うカーテンを開けようとしたアスランのシャツを、カガリは思い切り引っ張った。

「お前、ふざけるなよ!」

「カガリっ・・?」

予想外のカガリの行動に驚いて振り向いたアスランに、カガリはついに激情をぶつけた。

「私を散々苦しめておいて、飽きたらそれでお終い、これからは普通に接してくれって、私はお前の都合のいい女じゃないぞ!」

耐えていた気持ちが一気に口から出る。

「お前はほんの遊び心でやったことかもしれないけどな、付き合わされた私の身にもなってみろ」

アスランの気持ちが分からなかった。
あれだけのことをしておきながら、一方的に関係を清算され、何も飲み込めないまま、一人置いてけぼりにされた気分だった。

「おまけに今度はもう話かけないって、ふざけるなよっ」

何も言い返さず、黙ってカガリの罵倒を受けていたアスランだったが、肩を上下に揺らすカガリを見て、やっと口を開いた。

「ごめん・・・」

苦しそうな顔でその一言を口にしたアスランに、彼のシャツを握ったカガリの手が震えた。

「何でだよ・・・」

欲しいのは、謝罪などではなかった。
しかしだからといって、どんな言葉を求めているのかカガリ自身も分からなくて、そのもどかしさが涙となって溢れ出た。
アスランのシャツを力なく放した手で、嗚咽が漏れる口元を覆うカガリに、アスランは酷く狼狽したようだった。
おろおろとカガリに謝り倒す。

「カガリ頼む、泣かないでくれ。何度でも謝るから」

頭を撫でようとしたアスランの手を拒絶するように、カガリは首を振った。

「お前にとって、私なんてどうでもいい只の暇つぶし相手かもしれないけど・・・私は・・・」

嗚咽交じりの声でそこまで言って、カガリは本心に気が付いた。
自分がアスランのことが気になって仕方ないことに。
放課後の部室や教室で、決して優しいとは言いきれなかったが、それでもカガリを求めるアスランの姿勢は本気だということに、恐怖のなかでも朧げにカガリは感じ取っていた。
カガリを怯えさせようとしているのではない、純粋にカガリを求めているのだと。
それなのに何の説明もないまま、こうもあっさり無かったことにされ、裏切られた気分だった。
思えば、アスランは一度もカガリにキスをしたことがなかった。
もっと過激なことは臆することなくしてきたのにもかかわらず。
つまり、結局はそういうことなのだ。
カガリが敏感に感じ取ったアスランの真心もまやかしだったということだ。

「だから、もう私に関わるなよ」

それは、捨て台詞のつもりだった。
もうアスランがどこに行こうと止めはしない。
さっさと練習に戻ればいいと思ったカガリに反して、アスランはその場にとどまり、確かめるような口調で言った。

「カガリは俺のこと嫌じゃないのか?」

その声に今しがたの弱り切った響きは無くなっていた。
それが癪で、カガリははっきりと言ってやった。

「大っ嫌いだ」

「俺は君が好きだ」
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