BAD BOY
「俺は君に帰ろと言っているんだが」
呆れたように顔をしかめるアスランに、カガリはむっと黙り込むと踵を返し、アスランとアフメドをその場に残したまま歩き出した。
「カガリ?」
「私は帰らない。お前が相手しないなら、別の相手を探すまでだ」
ぶっきら棒にそう言って、遠ざかろうとするカガリの腕をアスランが取った。
「いい加減にしろカガリ。君の為を思って言っているんだぞ」
強い口調で言われたその台詞に、カガリは勢いよく振り返った。
制御しきれない激しい感情が一気に湧き出る。
カガリを苦しめ、悩ませている張本人が、カガリの為などと、一体どうしてそんなことが言えるのか。
辛辣な一言でもぶつけてやろうと思ったが、しかし口を開くより先に、上下感覚がなくなってカガリの視界が真っ暗になった。
「カガリ」
真っ暗な闇の底を漂っていると、名前を呼ばれていることに気が付いた。
知覚の無かった世界が一変し、感覚が一気に覚醒する。
案じるように自分を呼ぶ低い声。
心地よい風。
――――前もこんなことがあったような
馴染まない固いベッドの上に寝ていることに気が付いたカガリが目を開けると、白っぽい天井を背景にアスランの顔があった。
まばたきして周囲を伺うと、ベッドを囲う白いカーテンがあって、ここが保健室だと分かった。
「気が付いたか、カガリ」
アスランに問われて、枕を頭に預けたままカガリは道場での一悶着を思い出す。
「道場で倒れたんだ。覚えているか?」
寝不足がたたっての貧血だろうとカガリは察した。
アスランの言うとおり、体調を考慮して早々に帰るべきだったのだ。
自分の子供っぽさが悔しく、しかしごめんと謝るのも癪でカガリが目を伏せると、しばし沈黙が流れた。
聞こえてくるのは、開け放してあるらしい窓から入ってくる風がカーテンを揺らす音と、校庭にいる運動部達のざわめきだけだ。
放課後の保健室に、保険医はどうやら不在のようだった。
「すまない」
不意にアスランが沈黙を破った。
僅かに身構えたものの、目線はアスランから逸らしたままのカガリだったが、アスランがひどく落ち込んでいるのは雰囲気で伝わってきた。
「俺が君を急にひっぱたりしたから」
アスランの謝罪に、カガリは再び不快感で胸が詰まってくるような気がした。
カガリが倒れたのは、アスランのせいではなく、ただ単に自己管理が甘かったからだ。
アスランにそう指摘され、帰るよう促されても認めずに意地を張り続けた結果がこれだった。
それなのに、正しかったアスランが謝罪するとは一体どういうことだろうか。
馬鹿にされているのだと思って、頬を僅かに紅くしたカガリは寝返りを打ち、アスランに背を向けた。
薄い掛布団の下で、スカートが捲れ太ももが露わになったが、直す気にもなれなかった。
「・・・いや」
アスランの顔を見ないまま、カガリは固い声で言った。
「もう私は大丈夫だ。練習に戻ってくれ。少し休んだら私も帰る」
そう言って瞳を閉じ完全にアスランを遮断したカガリだったが、彼はなかなかその場を離れなかった。
「カガリ、そのままでいいから聞いてくれ。一つお願いがあるんだ」
やがて躊躇いがちにアスランが口を開いた。
「あんなことをしておいて、言う資格はないと思うが、普通に接してくれないか」