BAD BOY
帰宅して、すぐ私室に閉じこもったカガリだったが、結局その晩はなかなか寝付くことができなかった
十二時を過ぎた真っ暗な私室のベッドで、頭から布団を被る。
眠気は訪れず、目は冴えていた。
どうしてこんなにも動揺しているのか、自分でも分からなかった。
酷い目にあわされさえしなければ、アスランにどう接せられても構わないはずだったのに、カガリを今襲っているのは激しい落胆だった。
アフメドとファミレスに寄るようアスランに後押しされたことが、ショックで堪らない。
それはここ数日、カガリが休み時間や部活中にアスランをそっと観察していて、分かったことが関係していた。
アスランは全ての友人に当たり障りなく、平等に接する。
人当たりのいい、柔らかく微笑んだだけで見惚れてしまうくらい美しい笑みを湛えて。
少し前までは、自分にもそうして欲しいと望み、こんなにも優しい彼が自分だけに牙を向く事実が辛くて堪らなかったカガリだったが、いざ今のようにこうして皆と同じようにただのクラスメイトとして扱われると、それがどんなに辛いことか身をもって知った。
穏やかに誠実に接してくるということは、アスランにとってカガリは既にその他大勢と同じということなのだから。
ただでさえ、言葉にできない靄のような感情が鬱積していたカガリに、今日の出来事は一段と堪えた。
何の戸惑いも無く、当たり前のようにアフメドとの寄り道を後押ししてきたアスラン。
もはや彼にとって、カガリなどどうでもいい存在なのだと、頭の芯から実感させられた。
何が優等生だ。。。
カガリは布団カバーを握りしめた。
動揺が去ると、ふつふつと怒りが湧いてくる。
あれだけカガリを引っ掻き回しながら、その後は何もなかったように接してくるなど、卑怯ではないか。
自分のしたことの後始末もせず、そのまま放置するなど、カガリには許せないことだった。
そんな男の為に、ぐずぐずと悩む自分も許せない。
散々考えあぐねて、アスランのことはもう気にしないと割り切ったのは、明け方近くだった。
当然、翌日は寝不足だった。
授業中はうとうとしながらも乗り切ったが、辛いのは部活の時間だった。
身体が重く、浮腫みから手足が鈍い。
いつもは寝つきの良いカガリにとって、寝不足は思いのほか辛いものだった。
これもアスランのせいだと思うと腹立たしく、授業中も部活の最中も、彼の方には一切見ないようにしていた。
「カガリ、なんか今日調子悪くない?」
「そんなことないぞ」
「いや、なんか動きにキレがないし」
空手部は男子と女子が合同練習の為、掛け声が響く道場のなか、さりげなくカガリの側にやってきたアフメドが気遣う様にそっと尋ねてきた。
朝練前に昨日理由も言わずに突然帰ったことをカガリが詫びると、気にするなと笑ったアフメドだったが、カガリの不調には感づいているようだった。
「そんなことないってば。気のせいだろ」
「ならいいけど、あまり無理をするなよ」
「いや、カガリはもう帰ったほうがいい」
納得しきれていないが、強情なカガリに仕方なしに頷きかけたアフメドのすぐ傍で、いつのまにか端で後輩に稽古をしていたはずのアスランが厳しい顏で立っていた。
カガリが今日初めて見るアスランの顏だった。
「身が入らないのに練習しても意味がないし、皆にも迷惑がかかる。体調が思わしくないなら帰るべきだ。何なら俺が送っていくから」
「お前に心配される筋合いはないぞ」
アスランの言葉に、カガリの口調が鋭くなった。
一体誰のせいでこんなことになっていると思っているのか。
当事者であるアスランに諭されるなど、許せないことだった。
その苛立ちが言葉となって、カガリを勢いづかせた。
湧き出る怒りに感情を任せれば、アスランはもう怖くなかった。
「私は元気だ。そうだ、お前組手の相手しろよ」