藍色の秘密
別の船を手配して、アスランとカガリは桟橋へと向かった。
二人が乗っているのは、先ほどまでウズミ達と乗っていた豪華な屋形船と違い、二人乗りの小ぶりな船だった。
穏やかな水面をゆっくりと進む船の上で、月光に照らされたアスランの顔をカガリは横目で伺った。
先ほどからこの少年は一言も喋らない。
確かにおしゃべりではない彼だけど、いつも優しく穏やかに話しかけてくれる。
ずっと無言なのは、さすがに何だかおかしいとカガリは思ったのだ。
月光と松明の明かりのなかで見るアスランは、昼の強い光や城のきらびやかな光で見るよりも、洗練されているように見えた。
「どうした?」
カガリの視線に気が付いて、アスランがこちらを向いた。
「いや・・お前がずっと黙っているから、どうしたのかと思ってさ」
「ああ、すまない」
アスランは苦笑して、視線を前に向けた。
「カガリと出会って、もう七年が経ったのかと思って」
唐突な話題にカガリは少し驚いたが、すぐに幼いころを思い出して表情を緩めた。
「つい最近のことにも思えるけどな」
「確かにあっという間だったな。でも、こうして思い出してみると、色んな事があって」
それはアスランとカガリの二人の軌跡で、アスランにとっては言葉にできないくらい愛しいものだった。
「二人で城下に抜け出して警備兵に見つかったり、城に迷い込んだ子猫のお母さんを探したり」
カガリに会わずに、プラントでずっと過ごしていたら、決して起こらなかった出来事だって。
真面目で優秀な、ザラ家の子息。未来のプラント国王。
そんなレッテルを貼られ、自分でもそれが当たり前だと思って、カガリに出会う前のアスランはどこか自分の殻に閉じこもってしまうところがあった。
子供にしては感情表現が乏しく、ずば抜けた優秀さと相まって、それらがアスランを大人びてみせていた。
しかし会うなりカガリは、その殻をいとも簡単に破ったのだ。
柔らかく小さな温かい手で。
キラキラ輝く琥珀色の瞳で。
打算も計算もない、まっすぐなその心は、アスランの暁の光になったのだ。
「初めて会ったときのことを覚えているか?」
カガリは首を振る。
「いきなり俺の手を掴んで、誰かと間違えだ。初対面なのに、思いっきり俺の顔を覗き込んできて」
「そうだったか?」
「本当にビックリしたよ」
きょとんとするカガリにアスランがくすくすと笑う。
「それにしても君は俺を、誰と間違えたんだろうな」
「間違えたことも覚えてないんだから、分かるわけないだろう」
アスランの思い出話を、カガリは全く覚えていなかった。
好奇心旺盛で活動的な彼女は、常に前へ前と意識が向いて、あまり昔のことを覚えているような性質ではないのだ。
それでも、アスランとの冒険談のいくつかは覚えている。
「二人でスカンジナビア王国に行く計画を立てたりしたの覚えてるか」
「もちろん。忘れるはずないよ。カガリは筏で海を渡るっていって聞かなかったな」
それを聞いて、カガリはこの話を出したことを後悔した。
今の今まで忘れていたが、スカンジナビア王国へオーロラを見に行きたくなったカガリは、アスランと二人で旅の計画を建て、そのなかで筏で海を渡るという案を打ち出し、アスランに笑われたのだった。
「子供だったからな、スカンジナビアがどれほど遠いか分からなかったんだろう」
「ふん、お前はいつも大人ぶってるけど、街の悪ガキから助けてやったのは、私だぞ」
いたたまれなくなったカガリはアスランの翡翠の瞳から目を逸らし、苦し紛れに別の話を持ち出した。
それは唯一カガリがアスランより優位に立てる話だったのだが。
「街の悪ガキ・・?何の話だ?」
アスランは不思議そうに目を瞬かせた。
「覚えてないのかよ。お前が悪ガキに絡まれてるの、助けてやっただろう」
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