藍色の秘密



空に浮かぶ月をゆらゆらと映す濃紺の水面の上を、船がゆっくりと滑っていく。
広い川の両岸には桜の木が植えられ、満開に咲いたうすい桃色が闇のなかぼんやりと輝いていた。

「いやはや、見事なものですな」

見事な桜を屋形船から眺めながら、パトリックが言った。

「北のプラントでは、桜も咲きませんし、このような趣向の花見などはありません。オーブならではの贅沢ですな」

「そう言って頂けると嬉しいです。自然だけはたくさんあるオーブですが、そのなかでも儂は桜が一番好きでしてな」

「本当に見事な桜だ。こんなたくさんの桜が咲き誇っているところなど、見たことがありません。なあ。アスラン」

パトリックは後ろに座るアスランを仰いだ。

「はい。昼の日差しのなか見る桜も素晴らしいですが、こうして夜の月明かりに照らされた桜はまた風情があって・・」

「だろう!夜桜って神秘的な感じがするよな!」

アスランの言葉をウズミの後ろ、アスランの隣に座るカガリが遮った。
それに不快を表すことなく、むしろ嬉しそうにアスランは微笑んで、カガリに視線を向けた。

「うん・・そんな桜をカガリと見れて嬉しい」

オーブでは毎年桜の季節に合わせて、花祭りが開催される。
王族から庶民までが楽しめるオーブ一大イベントだ。
桜で彩られた町全体に屋台や出店、見世物が立ち並び、王族たちは個人の庭園や別荘で桜景色を堪能する。
圧倒的な桃色の美しさにオーブ全体が湧くのだ。
もちろんアスハ家もそれは同様で、毎年別宅にある川辺で花見をしていたが、今回は身内だけではなくプラントのザラ一家を招待し、共に屋形船で夜桜を楽しんでいるところだった。

「そういえばアスラン君も今年からザフトに入隊だね」

カガリが再び口を開く前に、ウズミが話を変えた。

「あ、はい。来週には城を出る予定です」

「アスラン君が二年間もこっちにこれないんじゃ、寂しくなるな。なあ、カガリ」

ウズミはこの少年の愛娘に寄せる恋心に気が付いていて、彼の想いに少しも気が付かない鈍い娘のことを申し訳なく思っていた。
さっき口を挟んだのも、カガリが少年の言葉に含ませた意味をくみ取ること無く、突拍子もないことを言って少年を落胆させることを恐れたためだ。
ウズミとしてはこの二人は結婚させてもいいとさえ思っている。
きっとパトリックも同じ考えだろう。
プラントとオーブの結びつきを強固なものにするには、婚姻が有効な方法というのももちろんあるが、ウズミは何よりアスランを気に入っていた。
真面目で優しく、明晰な頭脳を持っているアスランは、カガリの夫としては出来過ぎなくらいだ。
しかし幸いにも、この少年はカガリに好意を持っている。
問題は・・。

「立派な軍人になるためなんだから、仕方ないさ。だけど羨ましいな。お父様、私もオーブ軍に入りたい!」

カガリの言葉にウズミはがっくりと肩を落とした。
この娘はもっと寂しいとか、色のあることは言えないのだろうか。
これではアスランが愛想を尽かすのも時間の問題だ。

「駄目だよ、軍隊は危ないんだ。怪我でもしたらどうするんだ」

けれどウズミの意に反して、アスランは緑の瞳に力を入れてカガリを覗き込んだ。

「私は怪我なんてしないぞ。それに何でアスランに反対されなきゃならないんだ」

「そんなこと言って、普段の生活でもカガリはいつも傷だらけじゃないか。俺はカガリが心配なんだよ」

「アスラン君の言うとおりだ。入隊は駄目だ。それよりもカガリにはやらなきゃいけないことがあるだろう。ナタル女史が最近カガリの宿題忘れが酷いと怒っていたぞ」

ウズミの言葉にカガリが顔をしかめ、口をつぐんだ。

「さて、我々はもう少しここにいるが、君たちはそろそろ屋敷に戻りなさい。もう時間も遅い」

夜風がだいぶ冷たくなって、ウズミが子供たちに祭りの終焉を告げた。

「嫌だ!お父様たちだけここに残るなんてずるい!」

「分かりました。行こう、カガリ」

「アスラン!」

自分たちを抜きにして、政務室や会談の場ではなく、桜を愛でる屋形船の上でこそ話したいことがあるのだろう。
アスランはそう察して、カガリの肩に手を置いた。
アスランとて、本当は二人っきりになる機会をずっと伺っていて、これは待ちに待った好機なのだった。



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