藍色の秘密


追手の追跡は早かった。
初め、追手の存在を感知できなかったカガリでも、今では大勢の足音を聞き取れるようになっていた。
閉塞感のある暗く狭い牢獄の中、敵に追われるという状況は、どうしようもなくカガリの不安と焦燥を煽ることになった。

「アスラン・・あいつら、どんどん近づいてきてる・・」

「大丈夫だ、カガリ」

焦りが色濃く滲む声に、アスランが冷静に答える。

「もう少しで裏口から脱出できる」

「でも・・」

その前に追いつかれてしまうのではないかと、カガリは気が気でなかった。

「牢獄のなかは身動きができない。あいつらと剣を交えるのは、外に出てからだ」

だから、絶対に外に出るまで持ちこたえるのだと、イザークの言葉は暗にそう言っていた。
脱出するまで、追手から逃げきれるか。
確かにそれはぎりぎりの綱渡りだったが。

「あれが、出口だ」

アレックスの言葉に、全力疾走で体力の限界にきていたカガリは顔をあげた。
目線の先には、鉄でできた小さな扉。
恐らく、手紙や小包を受け取る為の扉なのだろうが、その錆びついた粗末な扉が、今のカガリには希望の光に思えた。

「俺が扉を開けたら、顔を伏せるんだ」

「え?」

「この騒ぎだ、外にも見張りがたくさんいるだろう」

そう言って、先頭を走るイザークが扉を開いたのと、横を走るアスランにカガリが頭を押さえつけられたのは同時だった。
ボン、と言う鈍い音と、ざわめく人の声。

「今だ、行くぞ」

アスランに腕を引かれ、外に出たカガリは、その光景に驚いた。
監獄の裏庭が燃えている。
もっと目を凝らしてみれば、監獄の兵士たちが、燃え盛る炎の周りを、慌ただしく走り回っていた。
そんな彼らの努力をあざ笑うように、赤い炎は勢いを増していく。

「大丈夫だ、監獄の建物には燃え移らないだろう」

不安そうなカガリに、アスランは走りながら言った。
それでカガリはイザークが火矢を使ったのだと合点がいった。
確かに、敵を混乱させるには効果的な手段だった。

「この隙に逃げるんだ。さすがに俺もイザークも、あの人数は相手にしたくない。辛いと思うけど、もう少し頑張ってくれ」

ほとんどの見張りは火事に気を取られて、カガリたちに気が付かなかった。
それでも途中、何人かの兵士に見つかったが、イザークやアスランの敵ではなく。
灰色の煙のなか、四人は裏庭を駆け抜けた。
お転婆だったカガリでも、この逃亡劇はさすがに辛かった。
一晩中走り回って、足はそろそろ限界だったし、プラントの鋭いくらい冷たい夜の空気のせいで、肺に痛みを感じていた。
けれども、ここで捕まったら、全てがお終いなのだ。
その思いをバネに、カガリはひたすら足を動かした。
自分たちが走っている場所は、監獄の裏庭ではなく、人生の岐路のような、そんな気がした。

「ここまで来れば大丈夫だろう」

監獄の敷地を抜け、市街地をしばらく行ったところで、四人は足を止めた。
周りは闇と静寂に包まれ、追手はきていないようだった。
疲労と安堵で、カガリはへたりこんでしまった。
足がふらふらで、立っているのも辛く、一度腰を下ろしてしまえば、今まで自分が走っていたことさえ信じられないくらいだった。

「何とか、逃げ切れたみたいだな」

アスランたちも、相当疲れたようで、街壁に寄りかかり息を切らしている。
誰もが無言で、四つの荒い呼吸だけが夜の街に消えていく。

「貴様たち、これからどうするつもりだ」

呼吸が整ってきたところで、イザークは双子の兄弟に尋ねた。
もっとも、カガリはいまだ呼吸が正常に戻っていなかったが。

「とりあえず、俺はプラントには居られない。カガリもいるし、一時的にオーブに身を寄せようと思っている。政権を取り戻すのはそれからだ」

イザークの問いかけに、アスランは淡々と答えると、視線を前方いるアレックスに向けた。

「だがその前に、さっきの決着がまだだったな」

そのまま、寄りかかっていた外壁から身を起こす。

「お前だけは許さない」

視線を双子の片割れに向けたまま、アスランは先ほど兵士から奪った長剣を掴みなおした。

「アスラン・・!さっきも言っただろう、お前たちは双子の兄弟なんだぞ。アレックスはお前の、たった一人の兄さんなんだぞ」

カガリは思わず立ち上り、二人の間に割って入った。
せっかく追手から逃れることができたのに、何故こんな物騒な話をすぐしなければならないのか。

「だからこそ、コイツがいなければ、こんなことにはならなかった。それに、兄弟なんて互いに思っちゃいないさ」

「アスラン・・お前がアレックスを殺すなら、私を殺してからにしろ!」

アスランが息を呑んだのが分かったが、カガリは感情の激流を抑えることはできなかった。

「お前たちが殺し合いをするなんて、私は絶対許さない!それでもアレックスを殺すというなら、先に私を殺せ!」

カガリは本気だった。
アスランもアレックスも大切な人で、失いたくないのだ。
二人の確執を思えば、自分は勝手なことを言っていると自覚はあるが、この我儘だけは絶対に通すと決めた。

「カガリ・・」

カガリの強い意思が伝わったのか、アスランは視線と剣先をゆっくりと地面に降ろした。
その姿から殺伐とした空気が消えていることにカガリは安堵して、だから気が付かなかった。
カガリの背後で、アレックスがアスランに剣を振り上げ、投げつけたことに。
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