藍色の秘密
「・・っ!」
瞬間、カガリはアレックスに抱きついた。
アレックスを守る為に、咄嗟にとった行動だった。
やってくるであろう衝撃と痛みに、目をぎゅっと閉じ、身体を固くしたカガリだったが。
しかし鈍い音とともに、剣が突き刺さったのは、アレックスのすぐ真横、即席で作ったベッドだった。
「あ・・」
いつまでもやってこない痛みに、カガリが恐る恐る薄目を開けると、衝撃で舞い上がった藁が、ゆらゆらと静かに床に落ちていくのが見えた。
(イザークは、アレックスを殺さなかった・・)
カガリがそう悟るのに、時間はかからなかった。
「何故・・殺さなかった」
静寂に包まれた小屋に、アレックスの声が静かに響いた。
挑むような、責めるような声だった。
「俺だって、本当は貴様をここで殺してやりたいがな」
イザークは相変わらず冷たい目をしていた。
「姫を泣かせたら、あとが怖いんだ。普段は温厚な奴なのに、姫のことになると人が変わるからな、あいつは」
そう言って、剣を引き抜き鞘に戻すと、片膝をつき屈みこんだ。
「どけ。俺が手当をしてやる」
「イザーク・・!」
カガリは慌てて身を起こし、イザークに場所を譲る。
戦場で身の回りのことがこなせるように訓練されてきただけあって、イザークの手際は良かった。
あっという間に傷の消毒を終え、包帯をきっちりと巻いていく。
淡々とアレックスの手当をするイザークを、カガリは不思議な気持ちで見つめていた。
もし、過去がほんの少し違っていたら、イザークの主君はアレックスだったかもしれないのだ。
アレックスに殺された親衛隊たちだって、もしかしたら、時に友人として、時に信頼できる臣下として、アレックスの大切な仲間になっていたのかもしれない。
(それだけじゃない・・)
アスランとアレックスだって、双子の兄弟として手を取り合い、協力しあい、プラントを治めることだってできたかもしれないのだ。
それなのに、彼らは刃を交えてしまった。
(そんな惨いことが、あっていいのか・・)
それが運命だというのなら、神に逆らってもいい気がした。
「貴様、何しかめっつらをしている」
イザークの声に顔をあげると、既にアレックスの手当ては終わっていた。
「早い段階で止血したのが、功を成したな。それがなかったら、コイツは今頃死んでいただろう」
(死んで・・)
その言葉に、カガリの身体が強張る。
それはカガリの頭を何度も掠めた言葉だったが、アレックスが実際に死のすぐ傍にいたのだと、戦闘のプロから聞かされるとその言葉の重みはより一層増した。
「アレックス・・良かった・・」
だからこそ、アレックスがこうして生きていてくれることが、カガリには泣きたいくらい嬉しいのだ。
彼の息遣いが、とても尊いものに感じる。
「さて、姫は牢の鍵を持っていると言ったな」
仕事は済んだとばかりに、事務的な口調でイザークは言った。
「あ、ああ・・」
「よし。ならばそれを俺に貸すんだ。アスランを助けに行ってくる」
「え・・」
「ディアッカがもうすぐここに来る。姫たちはディアッカに任せよう」
アスランは今どんな気持ちでいるのだろう。
地位も仲間も失い、挙句の果てに父親に殺させそうになり、その父親も今はもういない。
冷たい牢にいるであろうアスランのことを思うと、カガリの胸は握りつぶされたように痛んだ。
本当は今すぐ会いに行きたかった。
繊細で傷つきやすいアスランのことだ、ひどく暗い顔をして、自分の存在意義を見失っているに違いない。
(だけど・・)
カガリの目線の先には横たわるアレックスがいた。
先ほどに比べたら少し落ち着いてきたようだが、それでも絶対安静にしていなくてはいけない。
(アレックスを置いてはいけない・・)
自分の身を挺して守ってくれた人を、哀しい過去を持ちながら、そんな素振りを見せずにいつも優しさで包んでくれた人を残して、この場を離れることなどカガリにはできなかった。
「カガリ様、どうぞアスラン王子のもとへ」
まるで自分の心を読んだかのようなアレックスの言葉に、カガリは顔をあげた。
今まで幾度となく告げられ、跳ね除けてきた言葉だったが、このときばかりは、一瞬素直に頷いてしまいそうになった。
そんな自分を嫌悪し、弱い心をごまかすように、カガリは声を鋭くした。
「アレックス・・何言っているんだ!お前を置いていけるかと、何度言ったら分かるんだ」
「分かっていますよ。全く、カガリ様は最後まで人の話を聞いて下さらない」
カガリの怒り声を、アレックスは穏やかな顔で受け止めてから、再び真顔になって言った。
「アスラン王子の救出に、私もお供させて頂きたいのです」