藍色の秘密









「それで8歳のときからずっと姫さんに片思いしてるけど、未だに告白できてないってか?」

皮肉が混じった幼馴染の声に、アスランは喉を詰まらせた。

「お前本当にヘタレだな」

「姫さんはまだお子様だから、そういうことには疎いしな。よしお前、姫さんを押し倒せ!それ以外に男として意識してもらう術はないぞ!」

「ディアッカ!貴様!」

これまたアスランの幼馴染である銀髪の少年が、不謹慎な提案に声を荒げた。

「イザーク怒るなよ」

「そうだよ、彼女がいないからって」

「何だと貴様ら!!」

「イザークが怒るのは当たり前だぞ。イザークは彼女なんていなくても、お母様がいればそれでいいんだから」

幼馴染たちの笑い声とイザークの怒鳴り声を耳に、アスランはため息をついた。

ここはプラントの首都ディゼンベル、その中心にある王宮の庭だった。
もうすぐ春だというのに、北に位置するプラントは相変わらず、厳しい寒さが続いている。
それでも青く澄んだ空は、春の訪れがそう遠くないことを人々に告げていた。

「だけどアスラン、本当にどうするんだ?ザフトに入隊したら2年間姫に会えないんだぞ」

ひとしきりイザークをからかって笑い転げていたミゲルが、アスランに視線を戻した。

「その間に姫に恋人ができちゃうかも」

そう言われて、ゾワリとアスランの胸に不安が襲った。
そんなことは考えてもいなかった。
慢心からではなく、姫と2年間会えないという辛さで頭がいっぱいだったのだ。
姫の金髪も琥珀の瞳も見ることができず、低いアルトの声も聴くことができず、挙句の果てに姫が他の男のものになっているなんて、考えただけで立っていられなくなる。

「美貌の王子がそんな情けない顔をするなよ」

死にそうな顔をしているアスランの背中を、ラスティがバンバンと叩いた。

「だからさ、今度の花祭りのときに姫に告白するんだよ」



プラントの王子であるアスランは8年前、初めてオーブの姫、カガリに出会った。
今までたくさんの他国の姫や貴族の令嬢を見てきたアスランだったが、カガリのような姫は初めてだった。
顔を合わせるなり周りを構うことなく、腕を掴まれ身体を揺さぶられた。
おおよそ姫らしくない行動にアスランは唖然としたが、覗き込まれたキラキラと輝くはちみつ色の瞳から目が離せなかった。
今から思えばそのとき既に心を奪われていたのかもしれない。
屈託のない明るさに、人をびっくりさせる行動力に、勝気だけれど優しくて真っ直ぐな心に、アスランはあっという間に惹かれていったのだ。


プラントとオーブは国交があり、プラント国王パトリックは年に数回、オーブへ赴き、アスランは毎回それに同行させてもらった。
もちろんカガリに会いたかったからだ。
アスハ邸に着くとすぐにカガリを探して、アスランの姿を見とめて目を輝かせるカガリを見るのが嬉しくて堪らなかった。
大人たちが会談をしている間、二人で庭に出て遊んだり、秘密の入り口から抜け出し城下へ行ったりした。
レノアが亡くなったときは、カガリはアスランを抱きしめて慰めてくれた。
幼い二人はそうやって思い出を積み重ねてきたのだった。


そうして7年の月日が流れ、アスランの次のオーブ訪問は明後日だった。
オーブで催される花祭りに招待されたのだ。
そして、それがアスランにとって最後のオーブ訪問になる。
次に訪れるのは早くて2年後だ。

プラントにはザフトという国の軍事機関があり、プラント国籍のものは必ず15歳から2年間、ザフトに入隊しなくてはならない。
ザフトに所属する2年間はひたすら訓練に励み、情報漏えいの観点から国外に出ることは一切許されないのだ。
それは王子であっても例外ではない。

今年15歳になるアスランは、周りの幼馴染とともに4月からザフトに入隊することになっていた。
そうすれば最低2年間はカガリに会うことができないのだ。
その逃れられない現実が、アスランの心を重く押しつぶす。




「だから、告白しろって!」

「・・・急に告白なんてできるわけないだろう」

アスランの沈んだ声に一瞬場が静まりかえったが、すぐに幼馴染たちが笑い出した。

「急もなにも・・7年間もあったじゃないか」

「カガリは俺のこと、友達にしか思っていないさ」

再び場が静まりかえる。
今度は誰も否定ができなかったのだ。
カガリを見つめるときの熱のこもった目を見れば、アスランのカガリへの恋心は一目瞭然だ。
それ以前に他の女子たちへの態度とカガリへの態度はとても同一人物のものとは思えない。
女子に対して礼儀正しくはあるが、一定以上踏み込ませない固さのあるアスランだが、カガリにだけは自分から心を開く。
その様子を見れば誰でも、すぐにアスランの気持ちに気づくのだ。
ただ一人を除けば。

「でもアスラン、ディアッカの言ったことはあながち間違いではないと思いますよ。そりゃ押し倒すのはやめたほうがいいと思いますけど」

ニコルの優しい声音にアスランは頭をもたげた。

「告白されて初めて、今まで友達だと思っていた人を男性として意識するっていうのはあると思います」

「そういうものなのか・・」

「そう!じゃないと姫さん、ずっとあの調子だぞ」

アスランはオーブで3か月前に行われた、ウズミの誕生日パーティーことを思い出す。
アスランが挨拶に追われてる間、カガリとディアッカが二人きりで話を弾ませ、嫉妬を抱きながらカガリの元に戻ろうとしたアスランの目の前で、カガリはディアッカに抱きついたのだ。
カガリに恋愛感情なんて無いと分かっている。
人にすぐ抱きつくのは、カガリの幼いころからの癖だ。
それでもアスランは1週間ディアッカと口を利かなかった。
カガリは性別を意識することなく、男女分け隔てなく接する。
それはカガリの美徳でもあったが、同時にアスランの嫉妬と不安の種でもあった。
幼いころはそれでもまだ我慢ができたが、14歳になったカガリはきらめく金髪と輝く金色の瞳になめらかで健康な肌をもった魅力的な少女へと成長していた。
もう、気軽に男に抱きついていいはずがない。
カガリが感情表現で男に抱きつくところを見るたび、アスランは嫉妬の炎を燃やし、カガリを男から引きはがすのだった。

「2年間会えなくなるんだぞ。後悔だけはしないようにな」

ミゲルの言葉にアスランは小さく頷いた。










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