藍色の秘密
「ここなら・・大丈夫だろう」
身を潜める場所に選んだのは、おそらく有力な貴族の住まいなのだろう、大きな屋敷の庭のはずれにひっそりと立つ納屋だった。
大きく立派な屋敷とは対照的に小さくみずぼらしい。
中から漏れる灯りはなかったが、ゆっくり戸をあけて、無人なのを確かめると、カガリはアレックスを連れて中に入った。
納屋の奥にある、敷き詰められた藁の上に布をひろげると、カガリはアレックスをそこに傷が響かないよう、うつ伏せに寝かせた。
「アレックス・・大丈夫か?」
アレックスの返事はなかった。
苦しそうな息遣いが、その代わりだった。
何とか止血はできたようだが、彼の顔は蒼白で、意識も混濁としているようだった。
「手当・・しなきゃ・・」
アレックスの命の灯が消えかかっていることに怯えながら、必死にその恐怖を紛らわし、カガリは立ち上がった。
まずは小さな蝋燭をともす。
ここは庭師の為の納屋なのだろう、包帯や消毒液など、応急処置に使えそうなものは全て揃っていた。
人の家屋に勝手に侵入し、あまつさえそこにある物を使うなど、普段のカガリだったらたじろいでしまうだろうが、今は良心を痛めている暇はなかった。
(傷口を消毒しないと・・)
カガリは、消毒液を手にしたまま、自らのドレスが巻かれた傷口をじっと見つめた。
ごくりと唾を呑む。
されることはあっても、カガリに手当の経験など、全くなかった。
だけど、躊躇している暇などないのだ。
「アレックス、痛かったらごめんな・・」
そう言って、傷口に巻いた自分のドレスを解く。
淡いエメラルドのドレスは、どす黒い血に塗り替えられ、その面影を無くしていた。
ぼろ切れとなった布を脇に投げ捨て、今度はアレックスの上着を脱がせる。
「・・っ!」
上着の下の白いシャツは真っ赤に染まっていて、思わずカガリは息を呑んだ。
傷は深いと思ってはいたが、実際に目の当りにすると、その衝撃は大きかった。
「う・・」
服を脱がすために、身体を動かしたからか、アレックスが小さく呻き、緑色の瞳が薄く開かれる。
「アレックス!」
「カガリ・・さま、なに、を・・」
「傷の手当てをする!じっとしていろ」
そう告げて、カガリはシャツを脱がせようとしたのだが、アレックスが抵抗するように身じろぎをする。
「大丈夫、ですから・・お辞めくだ・・」
「何言ってるんだ!酷い怪我をしているんだぞ」
「分かって、います・・ですが、今は・・どうか・・」
何故だろう、アレックスは全身全霊で抵抗する。
それはカガリへの遠慮から来るものではないような気がしたが、カガリに考えを巡らす時間はなかった。
それに身体の自由が効かないアレックスの抵抗は弱々しく、容易く無視できるものだった。
「駄目だ!今手当しないと、化膿したらどうするんだ!」
駄々子を叱るようにそう言って、腕をシャツの袖から引き抜く。
もう少しで手当できる、そう思いながら、アレックスのシャツの裾に手を掛けた。
「やめろ!!」
アレックスがそう叫んだのと、カガリがシャツをはぎ取ったのは同時だった。
いつも温厚で優しいアレックスは、今までただの一度も、カガリに怒鳴ったことなどなかった。
カガリが間違いを犯したとき、静かに諭すことはあっても、声を荒げることなど、絶対にしなかった。
そんな彼が、初めてカガリに荒い声を投げつけたのだが。
カガリは、そのことに全く気が付かなかった。
いや、思考を巡らすことができなかった。
思考が固まって、停止してしまったのだ。
ただただ、琥珀の瞳を一点に凝視させている先、アレックスの背中は茶色く変色した傷痕でいっぱいだった。
身を潜める場所に選んだのは、おそらく有力な貴族の住まいなのだろう、大きな屋敷の庭のはずれにひっそりと立つ納屋だった。
大きく立派な屋敷とは対照的に小さくみずぼらしい。
中から漏れる灯りはなかったが、ゆっくり戸をあけて、無人なのを確かめると、カガリはアレックスを連れて中に入った。
納屋の奥にある、敷き詰められた藁の上に布をひろげると、カガリはアレックスをそこに傷が響かないよう、うつ伏せに寝かせた。
「アレックス・・大丈夫か?」
アレックスの返事はなかった。
苦しそうな息遣いが、その代わりだった。
何とか止血はできたようだが、彼の顔は蒼白で、意識も混濁としているようだった。
「手当・・しなきゃ・・」
アレックスの命の灯が消えかかっていることに怯えながら、必死にその恐怖を紛らわし、カガリは立ち上がった。
まずは小さな蝋燭をともす。
ここは庭師の為の納屋なのだろう、包帯や消毒液など、応急処置に使えそうなものは全て揃っていた。
人の家屋に勝手に侵入し、あまつさえそこにある物を使うなど、普段のカガリだったらたじろいでしまうだろうが、今は良心を痛めている暇はなかった。
(傷口を消毒しないと・・)
カガリは、消毒液を手にしたまま、自らのドレスが巻かれた傷口をじっと見つめた。
ごくりと唾を呑む。
されることはあっても、カガリに手当の経験など、全くなかった。
だけど、躊躇している暇などないのだ。
「アレックス、痛かったらごめんな・・」
そう言って、傷口に巻いた自分のドレスを解く。
淡いエメラルドのドレスは、どす黒い血に塗り替えられ、その面影を無くしていた。
ぼろ切れとなった布を脇に投げ捨て、今度はアレックスの上着を脱がせる。
「・・っ!」
上着の下の白いシャツは真っ赤に染まっていて、思わずカガリは息を呑んだ。
傷は深いと思ってはいたが、実際に目の当りにすると、その衝撃は大きかった。
「う・・」
服を脱がすために、身体を動かしたからか、アレックスが小さく呻き、緑色の瞳が薄く開かれる。
「アレックス!」
「カガリ・・さま、なに、を・・」
「傷の手当てをする!じっとしていろ」
そう告げて、カガリはシャツを脱がせようとしたのだが、アレックスが抵抗するように身じろぎをする。
「大丈夫、ですから・・お辞めくだ・・」
「何言ってるんだ!酷い怪我をしているんだぞ」
「分かって、います・・ですが、今は・・どうか・・」
何故だろう、アレックスは全身全霊で抵抗する。
それはカガリへの遠慮から来るものではないような気がしたが、カガリに考えを巡らす時間はなかった。
それに身体の自由が効かないアレックスの抵抗は弱々しく、容易く無視できるものだった。
「駄目だ!今手当しないと、化膿したらどうするんだ!」
駄々子を叱るようにそう言って、腕をシャツの袖から引き抜く。
もう少しで手当できる、そう思いながら、アレックスのシャツの裾に手を掛けた。
「やめろ!!」
アレックスがそう叫んだのと、カガリがシャツをはぎ取ったのは同時だった。
いつも温厚で優しいアレックスは、今までただの一度も、カガリに怒鳴ったことなどなかった。
カガリが間違いを犯したとき、静かに諭すことはあっても、声を荒げることなど、絶対にしなかった。
そんな彼が、初めてカガリに荒い声を投げつけたのだが。
カガリは、そのことに全く気が付かなかった。
いや、思考を巡らすことができなかった。
思考が固まって、停止してしまったのだ。
ただただ、琥珀の瞳を一点に凝視させている先、アレックスの背中は茶色く変色した傷痕でいっぱいだった。