藍色の秘密


カガリとアレックスは、あっという間に十人以上の兵に取り囲まれる。

「レイ・・さすがに仕事が早いな」

兵を率いてアレックスを追ってきた青年は、金髪で端正な顔の持ち主だった。
上品な雰囲気を持っているのに、彼の青い目は無表情で、ともすれば無感情な人間にも見える。

「常に貴方を観察しているよう、議長に言われておりましたので」

「やはり、議長は頭がいい。そうやって俺がボロを出すのを待っていたわけか」

そう言って皮肉げに笑うアレックスは、衛兵に囲まれながら、動揺を見せることなく、いつも通り冷静だった。

「貴方が議長を裏切らなければ、何も問題はありませんでした」

「戯言を。いずれ何か理由を付けて、俺を片付けようと思っていただろうに」

「勝手に言っていればいい。大切なのは、貴方が議長を裏切った。その事実だけです」

レイが右手を掲げると、アレックスとカガリを取り囲む衛兵たちが一斉に剣を抜いた。

(本当に・・アレックスを殺す気なのか・・)

自らに向けられる鋭く冷たい刃の先から感じる明確な殺意に、カガリは身を固くした。

(信じられない・・)

何度か会ったことのあるデュランダルに、カガリは思慮深い完璧主義者だという印象を持っていたが。

(こんな、非情で目的の為なら手段を選ばない奴だったなんて・・)

デュランダルの身勝手な傲慢さに、怒りが湧き上がる。

「オーブの姫、どうぞこちらへ」

「誰がお前らみたいな卑怯者のところになんか行くか!!」

「そうですか。それでは仕方ありません。オーブには姫は動乱のなか命を落としたと伝えましょう」

差し伸べた手を拒絶されたことに、別段気にしたそぶりも見せず、レイは小さく息を吐いた。
それが合図だったのか、二人を取り囲む兵たちが、一斉に斬りかかってきた。

「カガリ様、お逃げ下さい!」

瞬間、アレックスも腰に下げた鞘から長剣を抜く。
全ての者が死に絶えたような、闇が司る真夜中の街に、鋭い金属音が響く。
敵は十人以上いた。
多勢に無勢。
客観的に見て、アレックスに勝機はほとんどなかった。
離れたところで悠々と戦闘の様子を見ていたレイも、彼に斬りかかる兵自身もそう思っていたのだが。
瞬く間に、腕の立つ兵士たちが次々と冷たい地面にひれ伏していく。
その部分から、黒い液体が広がっていくのを、カガリはその場で呆然と眺めていた。

(アレックスは強すぎる・・)

ただただその強さに圧倒された。
オーブは平和な国だった。
だからアレックスが護衛として傍にいた二年間、カガリはただの一度も彼が人を傷つけるところを見たことがなかった。
だけど、何故だろう。
カガリは、その圧倒的な強さに安心感よりも、哀しさを覚えたのだ。
何故彼はここまで剣の腕を磨かなければならなかったのか。
そこに彼の深い闇を見つけた気がして、カガリの胸は細い糸で引き絞られたように痛んだ。
しかし、大勢の敵と戦って、さすがのアレックスも体力を消耗したようだ。

「カガリ様・・逃げるように、申し上げたはずです。お早く・・」

そう言う彼の息は上がっていた。
腕にはいくつかの、かすり傷もある。

「アレックス・・そんな・・無理だ。できない」

「カガリ様、駄目です」

力なく首を横に振るカガリを、アレックスは諭そうとしたが。

「大人しく倒されればいいものを」

離れたところで観察していたレイが、剣を引き抜いた。
再び響く金属音。
議長に信頼されるだけのことはあって、レイの剣さばきは見事だった。
しかし、それでもアレックスの剣には適わななかった。
二人が剣を交えるのを、胸の上で両手を握りしめて見守っていたカガリだったが。
レイがゆっくりと地面に倒れるのを見とめると、ほっと息をついた。
体中の緊張がゆっくりと抜けていく。
これで危機は何とか切り抜け、ひとまず安心だと思った。
だから気が付かなかったのだ。
アレックスに倒されたはずの兵が、最後の気力を振り絞り、カガリの背後で剣を振り上げたことに。

「カガリ様っ!危ないっ!!」

状況を理解するより先に、自らを守る様に抱きしめたアレックスの、しなやかで引き締まった胸を、カガリは感じた。
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