藍色の秘密


それから数日、アレックスはまたもカガリの前に姿を表さなかった。
だから月が高くに昇った真夜中に、そっと扉が開かれ、その先に彼の姿を見とめたとき、カガリは恐怖で身体がすくんでしまった。
こんな真夜中に、アレックスが何の為にカガリの部屋に訪れたのか。
その理由が一つしか思い浮かばなかったからだ。

(アスラン・・)

アスランはあれからどうなったのか。
この数日、それだけを考えていた。
華やかな部屋に閉じ込められ、人との接触はカガリの身の回りの世話をする女官のみ。
外の世界と完全に遮断されたカガリに、アスランの状況を知る術はなかった。

「アレックス・・まさかお前・・」

カガリはアレックスがアスランのことで、何か伝えることがあってやって来たのだろうと思った。
そしてその内容が、カガリの望まない、どれほど恐ろしいものか、皮肉にも予想できてしまって、カガリの心を恐怖に掴まれてしまったのだが。

「カガリ様、どうぞこちらに」

しかしアレックスはそう言うと、カガリの手を取り、扉の外へ促した。

「えっ・・」

「お静かに。見張りの者に気付かれます。私か良いと言うまで、どうかお声を出さぬように・・」

戸惑ったカガリに小声で注意をすると、アレックスは暗く冷えた廊下をカガリの手を引きながら、素早く歩き始めた。

(アレックスは一体・・)

久方ぶりの、部屋の外。
深夜のミネルバ宮は、まるでこの世から取り残されたように、暗く静かだった。
アレックスはその闇の世界を、迷うことなく進んでいく。
当然ながら、そういう道を選んでいるのだろう。
途中衛兵や召使に出くわすことはなかった。
プラントの王宮を奪取してから、ミネルバを根城にしているアレックスは、この城の内部を既に知り尽くしているに違いなかった。
そんな彼が、一体何故警備の目をかいくぐり、隠れるようにカガリを連れて城を歩いているのか、カガリには分からなかった。
けれでも、小石が落ちる音さえ響き渡るこの空間で問いただすこともできない。
ただアレックスに導かれるまま、古くに建てられ、迷路のような城内を進んでいくしかない。
そうやって息をつめて城内を進んでいくと、細い廊下の突き当りに出た。
壁には、この城の初代当主だったグラディス家の紋章が掲げられている。
アレックスが背後に誰もいないか確かめてから、静かに壁を押すと、鈍い音とともに壁の一部分が後退し、小さな隠し通路が現れた。

「カガリ様、お入りください。暗いのでお気をつけて」

カガリが通路に入ると、アレックスは入り口を再び閉じ、手にしていた灯りをともす。
滅多に開かれることのない隠し通路は、淀んだ空気で満ちていた。
外部と完全に遮断された闇の世界を、ぼんやりとした灯り一つを頼りに二人は進んでいく。

「外に出ます」

十五分程歩いた頃だろうか、そう言ったアレックスが頭上の石段をぐっと押すと、月の光が差し込んだ。
アレックスの助けを借りて、カガリがよじ登る様に外に出ると、とたんに新鮮な空気に包まれる。
周りを見渡せば、そこは人気のない裏通りだった。
隠し通路はミネルバの外、アプリリスの街に繋がっていたのだ。

「アレックス・・これは一体どういうことなんだ」

アレックスもまた外に出るのを待って、カガリは低い声で彼に尋ねた。
ずっと沈黙を守っていたが、ここまで来れば声を出していいだろう。

「お転婆なカガリ様はこれくらい朝飯前でしょう」

「冗談はよせ。お前は一体何をする気だ。何故私を外に出した」

この場にそぐわないアレックスの冗談を一蹴して、カガリは声の調子を強めた。
その強い金色の目線に、アレックスは困ったように笑うと、表情を引き締め言った。

「デュランダル宰相は、私を亡き者にするつもりです」

アレックスの言葉に、カガリは息をのんだ。

「えっ・・だってお前とデュランダルは・・」

同志なのではなかったか。
見事な政治的手腕でプラントを牛耳るデュランダルと、プラント王室の長子であるアレックス。
その二人が手を組んだからこそ、アスランはひとたまりもなかったのだ。

「彼は最初から、目的を果たしたら私を殺すつもりでした。彼にとって私はもう用済み・・ということでしょうね」

アレックスは自嘲したような笑みを浮かべた。

「私も色々と策を練っていたのですが、あちらの方が動きだすのが一歩早かったようです」

そう言って小さく息を吸い込むと、上着のポケットから何かを取り出した。

「カガリ様・・どうぞこれを。アスラン王子が囚われている牢の鍵です」

目を見開いたカガリに、アレックスは早口で続けた。

「アスラン王子はレセップスの牢獄にいらっしゃいます。ここから目と鼻の先です。お一人で大丈夫ですね」

「アレックス、お前はどうするんだ?命を狙われているんだろう?逃げなきゃ・・」

アレックスは、カガリとアスランを逃がそうとしてくれている。
それは分かるのだが、カガリは手放しで喜ぶことはができなかった。
あまりの展開の速さに、カガリの感情がついていかなかった。
嬉しさよりも戸惑いが先行する。

「私には、まだやらねばならぬことがあります。自分で蒔いた種は、自分で刈らなくてはいけませんから」

「お前・・」

静かにそう言うアレックスに、カガリが口を開きかけたときだった。

「アレックス様、こんな時間にこんなところで、何をなさっているのですか?」

冷徹で無慈悲な声が、夜の空間に響いた。
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