藍色の秘密

アレックスの言葉を、カガリは一瞬汲み取ることができなかったが。

「あ・・」

彼の言わんとすることが理解できると、戸惑うように視線を落とした。
真っ直ぐに見つめてくるエメラルドの瞳が、彼の望むものを真摯にカガリに伝えていたからだ。

(アレックスは・・)

カガリの脳裏に、あの晩が蘇る。
アレックスのしなやかで逞しい身体も、熱い吐息も、カガリは忘れてはいなかった。
一心に自分を求める、熱をはらんだエメラルドも。

(そんな・・できない・・)

カガリは衣服の胸元を握った。
アスランを二度も裏切るなど、カガリには出来るはずのないことだった。
どうすることもできなかった前回とは違い、今カガリが頷けば、今度は合意の上になるのだ。

(できない・・でも・・)

ここでアレックスを受け入れなければ、アスランは予定通り殺されてしまう。
それはカガリにとって、何よりも耐えがたいことだった。

(アスランを救うためなら、私はなんだってやる)

例えそれが、彼を裏切ることになっても。

深呼吸をすると、ともすれば震えてしまいそうな声を必死に律して、カガリは頷いた。

「お前の・・好きにすればいい」

カガリの返答に、アレックスは僅かに瞳を瞬かせたが、心の動きは見られなかった。

「承知・・いたしました」

静かにそう言うと、ゆっくりとカガリの頬に手を伸ばす。

「・・・!」

近づいてくる手に、カガリは思わず目をぎゅっと閉じた。
胸元を掴んでいた手にも力が籠る。
心を決めていても、怖いものはやはり怖かった。
アレックスの熱情も、アスランを裏切ってしまうことも。

(駄目だ・・怯えちゃ・・アスランの為なんだ・・)

そう言い聞かせて、震えてしまいそうな身体を必死に抑え込む。
全身を固く強張らせて、アレックスを手が触れるのを待つ。
けれどもカガリの予想に反して、いつまでたってもアレックスがカガリの身体に触れることはなく。
代わりに彼が触れたのは、カガリの髪の毛だった。
その指の動きは、撫でつけるように、優しく繊細で。
細い指が、何度も何度もカガリの髪をくぐり抜ける。
慈しむようなその動きに、情欲のような荒々しい気配は微塵も感じられなかった。

「どうか・・そんなに怯えないで下さい」

ふわりとカガリを取り巻く空気が柔らかくなったのを感じて、カガリが恐る恐る目を開けると、アレックスが困ったような顔をしてこちらを見つめていた。

「もう二度と、カガリ様にあのようなことは致しません・・」

穏やかにそう言うと、彼はゆっくりとカガリから手を離した。

「あの・・」

「今宵は冷えます。もうお休みになって下さい」

そう言って優しく微笑み、踵を返したアレックスを、カガリは呆然と見つめていた。
さっきまで、彼の瞳ははっきりとカガリが欲しいと言っていたのだ。
それなのに。

(私が怯えていたから・・?)

だから、アレックスは踏みとどまったのだろうか。
そう思った瞬間、カガリの胸は切なさに貫かれてしまった。
何故アレックスは、カガリを怯えさせたくないのだろう。
理由は簡単だった。
鈍感なカガリでも、容易く答えを導き出すことができた。
アレックスは、今でもカガリを大切に思っているのだ。
反乱を起こし、権力を手にした彼だったけど、カガリと過ごした二年間は、彼のなかでもまた大切な思い出なのだろう。
それが嬉しくて、熱いものがカガリの奥からこみ上げる。
しかし、カガリは感傷の波をぐっと抑え、部屋を退出しようとするアレックスを慌てて呼び止めた。
カガリにとってもう一人の、大切な人を守らなければならないのだ。
感傷に浸っている暇はなかった。

「アレックス、待て・・!アスランは・・っ」

呼びかけたカガリに、しかしアレックスは何も答えず、寂しそうに微笑むと、そのまま扉の外に消えた。











空には凍てついた月がかかっていた。
冴え冴えとした夜空のもと、瞬く星は美しかったが。
この夜空の下、新たな不穏な影が動き始め、予想もしなかった結末が訪れることなど、この時カガリは知る由もなかった。
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