藍色の秘密
アレックスが護衛になってすぐの頃、カガリはウズミと共に、式典の為アメノミハシラに赴いたことがあった。
今より輪をかけて好奇心旺盛で、それを制御する術を持たなかったカガリは、アレックスに無理を言って、空いた時間に街中に繰り出したのだが。
途中でアレックスを撒くことに成功したものの、無知で子供なカガリは、街の男たちに騙され、街のはずれにある廃屋に連れ込まれてしまった。
危機一髪のところで、アレックスが駆けつけてきた為、難を逃れたのだが。
(あのときも、アレックスはこんな目をしていた)
男たちを打ちのめすアレックスの瞳は無慈悲で冷酷で。
そして今、そのときと同じ瞳をアスランに向けていた。
「王子をお連れしろ」
アレックスがそう言うと、部屋の外に控えていたのか、何人もの兵たちが現れた。
「何をする!やめろ!」
必死に暴れたものの、カガリはいとも容易くアスランから引きはがされ、無防備なアスランは瞬く間に兵たちに拘束されてしまった。
「カガリ・・すまない・・」
何人もの兵に周りを固められ、連行されるアスランが、同じく拘束されたカガリの脇を通り過ぎるとき、瞳を伏せて小さく呟いた。
「アスラン・・っ!」
遣り切れない思いを声にして、カガリはアスランの名を呼んだが、彼は振り返ることなく、扉の外に消えてしまった。
「手荒な真似をして、申し訳ありませんでした。カガリ様」
物騒な喧噪が消えた部屋には、カガリとカガリを拘束している兵士と、そしてアレックスが残った。
「アレックス!お前・・」
掴みかかるような勢いのカガリを横目で捉えてから、アレックスはカガリを拘束している兵士に視線で合図を送った。
途端にカガリの拘束は解け、兵士はそのまま静かに部屋を退出していった。
部屋には二人だけが残され、夜に凍てついた泉のような緊張感が部屋に張り詰める。
アスランが捕らえられ、その怒りで興奮していたカガリだったが。
二人っきりになった部屋の静けさに、怖気づいてしまいそうになった。
アレックスと対面するのは、彼に抱かれたあの夜以来だった。
あれから、カガリにとってアレックスは信頼できる護衛ではなくなった。
何を考えているか分からない、まるで見知らぬ人のようだった。
恐怖と恐れがカガリの心を満たす。
それでも、自らの心を奮い立たせ、カガリは言った。
「お前・・何でなんだよ・・どうしてアスランを捕らえる必要があるんだ!皇太子の位を手にいれたんだから、もういいじゃないか!」
「王位継承権を持つ者は、一人で良いのです。それが国を総べるうえでの大切なことなのです」
アレックスの声は静かだが、はっきりとしていた。
カガリに申し訳ないと言いながら、アレックスは信念を曲げるつもりはないようだった。
「でないと、今回のようなことがまた起こってしまいます」
僅かな憂いを含ませた瞳で、アレックスはカガリに言い聞かせるように言った。
「そうなれば、また悲劇が起こって、多くの人が悲しむのです。カガリ様・・」
アレックスの言葉に、カガリは息が詰まってしまった。
彼の言っていることは確かに正しいのだ。
正しいのだけれど、最初に戦いの火蓋を切ったのはアレックスなのだとカガリは思った。
けれども、アレックスこそが正統な皇太子なのだとしたら、彼は当然持つべきものである自らの権利を取り戻しただけで。
(どうして・・どうしてこんなことに)
事実と思惑と信念で複雑に絡まり合った糸は、もう解けないのだとカガリは悟った。
カガリ自身、何が善で何が悪なのか、もう分からなかったが。
絶望や諦めに覆われたなかで、それでも望むものが一つあった。
「アスランは・・」
喉から絞り出した声は震えていた。
心の底では分かっている答えを聞きたくないという思いが、発声の妨げになったのかもしれない。
けれど、カガリは確かめなければならなかった。
「アスランはどうなるんだ」
「・・死んで頂きます」
やや間を開けて、アレックスは俯きがちに言った。
途端にカガリの身体が弾ける。
「そんな・・嫌・・アレックス!!お願いだから、それだけはやめてくれ」
彼の答えは予想していたけれど、実際そう告げられてしまうと我慢できなかった。
「アレックス!アスランを助けて!お願い・・命だけは・・お願い!」
アレックスの腕を掴み揺さぶって、カガリは必死に懇願した。
「アレックス・・」
息が切れ、体力を消耗してしまっても、カガリは縋るようにアレックスを見つめた。
アレックスはカガリの必死な懇願に動揺した様子もなく、ただ静かに俯いていただけだったが。
「お願い・・ですか。それは・・」
やがてゆっくりと真剣な瞳をカガリに向けた。
「アスラン王子を助けるならば、それに見合う対価を、カガリ様が私に下さるということですか?」