藍色の秘密
聞こえてきた声に、アスランとカガリが後ろを振り返ったのは、ほぼ同時だった。
振り返るまでもなく、声の主が誰なのか分かってはいたが。
振り返った視線の先には、やはり予想通りの人物が悠然と扉の前に立っていた。
「カガリ様は皇太子妃です。連れ出してもらっては困る。手を放して頂けませんか」
言葉ではそう言うものの、アレックスは薄い笑みを浮かべていた。
アレックスは一体いつから部屋の前にいたのだろう。
彼の余裕のある態度に、彼がたった今この場にやってきたのではないのだとカガリは確信した。
「貴様・・」
カガリの手を握るアスランの手に、ぐっと力が籠り、カガリもまたアスランの力を強く握り返した。
「それにしても・・自らやってきて頂けるとは、探す手間が省けました。感謝致します、アスラン王子」
アスランの刺すような瞳にも全く動じることなく、アレックスは事も無げに言った。
「貴様、よくも・・」
一度は温かく溶かされた心も、憎い敵を前にすれば再び制御できない憎悪の炎が燃え上がり、アスランは腰に差した長剣の柄を握った。
「お前だけは、絶対に許さない・・」
「貴方に私は倒せません。それは貴方が一番よくご存じのはずですが」
剣を触ることもせず、腕を組んだままアレックスは言った。
「だからって・・おめおめとお前に倒されるものか!カガリは絶対に渡さない!プラントだって・・どこの馬の骨かも分からない奴に渡せるものか!」
「往生際の悪いお方ですね」
剣を構えたアスランに、アレックスはため息をついた。
「俺は諦めが悪いんだ」
「では、楽にして差し上げましょう。それが、貴方から全てを譲り受けた私の、せめてもの罪滅ぼしです」
そう言うと、アレックスもまた剣を引き抜いた。
鬼気迫ったわけでもない、落ち着いてゆっくりとした動作なのに、アレックスの剣を抜くさまは、見る者に緊張を与えた。
全く同じ容姿をした青年が、剣を構えて向き合い、部屋に静かな緊張が満ちる。沈黙が破られたとき、二本の刃はぶつかりあうのだ。
「アレックス!アスラン!二人ともやめろ!!」
二人のやり取りを見守っていたカガリが、たまらずに声を上げ、二人の間に飛び出した。
あとほんの一瞬遅かったら、二人は刃を交えていた、そんなタイミングだった。
「もういいじゃないか!どうして戦う必要がある!!」
アレックスはアスランから皇太子の座を奪い取った。
それはただの地位ではない、17年のアスランの人生そのものを奪ったのも同然だった。
アスランは皇太子として、皇太子として生きてきたのだから。
それなのに、何故命まで奪う必要があるのだろう。
「カガリ・・君は俺に言ったね」
しかし、カガリの叫びに答えたのは、アレックスではなく、アスランだった。
「俺とアレックスが親しくなれば、三人でいられると」
それはアスランとアレックスが初めて対面した日、アスランの動揺をよそにカガリが言った言葉だった。
他意も何もない、純粋で無邪気な思いを、そのまま口にした言葉だ。
アスランもアレックスも、カガリにとって大切な人だった。
その二人が親しくなって、三人でいられたらどんなに楽しいのかと、純粋にそう思ったのだ、あの時は。
「でも、それは無理な話なんだ。俺だけじゃない、きっと・・アレックスも」
「アスラン・・」
アレックスは何も言わなかったが、その沈黙はアスランの言葉を肯定していた。
「だから・・カガリ、君の頼みでもこれだけが譲れない」
すまないと小さく呟くと、アスランは瞳の色を変え、アレックスに斬り込んだ。
勝負はすぐに着いた。
アスランは四度アレックスに斬り込んだが、その全てを受け止められ、攻撃に転じたアレックスの鋭い刃を何とか二度防いだものの、三度目の斬り込みを受け止めきることができず、皇太子の地位を表すプラントの紋章が刻まれた刃は弾き飛ばされた。
「アスランッ!!」
蹲ったアスランに、カガリはすぐさま駆け寄った。
「アスラン!大丈夫か!」
「カガリ様がいなかったら、この場で殺めても良かったのですが・・」
床に座り込む二人をアレックスは無慈悲に見下ろしていた。
そのエメラルドにカガリの身体に恐怖が走る。
「アレックス・・どうして・・」
カガリにとってアレックスは、温厚で優しくて、カガリの全てを受け止めてくれて、無条件で安心できる、そんな存在だった。
こんな冷ややかな瞳をする人間ではなかった。
(いや・・一度だけ・・)
ふと、カガリの記憶の奥底がざわめいた。
(あれは・・いつだったか)
彼はあんな瞳をしたことがある。
(あれは・・アメノミハシラで・・)