藍色の秘密
「カガリ・・」
アスランの胸のなかで、彼がビクンと身を引きつらせたのを感じたが、カガリはそこから離れなかった。
そこは暖かくて、広くて、心地いい。
(私の大好きな場所だ・・)
これが失われなくって本当に良かったと、カガリは心の底から思った。
大切に穏やかに育てていた愛は、確かにアレックスに奪われてしまったのかもしれない。
けれども、アスランとカガリは今こうして生きている。
沢山の死を目の前で見ていたからこそ、確かに聞こえる鼓動の音がどんなに尊いものか、よく分かる。
命さえあれば、生きてさえいれば、いくらでもやり直すことはできるのだ。
枯れた大地が、いつか花を咲かすように。
そう思いながら静かにアスランの体温と鼓動を感じていると、ゆっくりとアスランの身体から強張りが消えていくのを感じた。
「カガリ・・俺の方こそ・・君を守れなかった・・」
聞こえてきた弱々しい声にそっと顔を上げると、アスランが震えながら、自分を見つめていた。
エメラルドは涙に濡れていたけれど、綺麗に透き通っていて、その美しさに胸が締め付けられる。
(私の知っているアスランだ・・)
狂気という殻が無くなり、素に戻ったアスランは、ボロボロに傷ついていて痛々しかったけれど、カガリにとっては何よりも愛おしいものだった。
「いいんだ・・お前は生きていてくれた。それだけで・・私は嬉しいんだ」
「カガリ・・」
「私の方こそ・・すまない」
そう言って、カガリは瞳を伏せた。
どうしようもなかったこととはいえ、アスランを裏切ってしまったのだ。
その事実がここ数日、カガリを苦しめ続けていた。
アスランと再会して、前向きな気持ちになったものの、あれほど自分の気持ちを尊重し、大切にしてくれたアスランに、会わせる顔がないと思っていたのも事実だ。
「カガリは何も悪くない!悪いのは・・」
「やめろ!アスラン!」
言いかけたアスランを、カガリは声をあげて制した。
誰が悪いかなんて、そんなことを今さら決めても意味はないのだ。
誰のせいにしても、事実は変わらないのだから。
けれども、悪いのは、果たして誰なのだろうか。
無理やりカガリを抱いたアレックスか、愛する人を守れなかったアスランなのか。
それとも、婚約者がいながら、むざむざと奪われてしまったカガリなのか。
(違う・・)
きっと誰も悪くないのだ。
(少なくとも、アレックスは私を傷つけたいとは思っていなかった)
アレックスはカガリを力ずくで抱いたけれど、泣きたくなるくらい切ない瞳で自分を見ていたことも、カガリはまた気づいていた。
彼のしたことは絶対に許さないけれど、どうしてかその瞳がちらついて、アレックスを憎むことがカガリにはどうしてもできなかったのだ。
でも、誰も悪くないのなら、一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
カガリには、どうしてもそれが分からなかった。
「そうだな・・よそう・・せっかく、こうしてまた会えたのに」
「アスラン・・」
「もう会えないかと思った・・カガリ」
そう言って、アスランはカガリを抱きしめた。
カガリの感触を確かめるような、優しくも力強い抱擁だった。
「アスラン・・私もだ・・」
こうして再び会えたことは、奇跡なのだと、カガリは運命に感謝しながら、彼の体温と鼓動を感じていた。
しばらくそうやって、二人で抱き合い互いの生を感じ合っていたが。
やがてアスランはゆっくりとカガリの身体を放した。
「カガリ、逃げよう。プラントの手の届かないところに逃げて、後のことはそれからだ」
そう言って覗き込んでくるアスランの瞳は強くてまっすぐで。
狂気に取りつかれたアスランはどこにもいなかった。
「ああ!」
それが嬉しくて、カガリは大きく頷いた。
そんなカガリに軽く微笑み返してから、その手を取って、アスランが窓に向かおうとしたときだった。
「それは困ります」
部屋の扉が開くとともに、背後から穏やかな声が聞こえた。