藍色の秘密
アレックスと別れてからまもなく、召使に見つけられたカガリは、マーナによってすぐにドレスに着替えさせられ、身なりを整えられた。
よほど急いでいるのか、それとも客に会う前に仏頂面になられたら困るからか、マーナは自分がどんなに心配したかを短く伝えただけで、カガリが恐れていたほど、あまり怒らなかった。
「ささ、ウズミ様もお待ちですよ」
乳母に手を引かれ、見た目だけは可愛らしいお姫様になったカガリは、アスハ邸の廊下を渡って応接間へと向かった。
今日の来賓者はプラント評議会の議長であるパトリック・ザラとその妻と息子だ。
そしてどうやら、息子はカガリと同じ8歳らしい。
今日の昼はそんなことはどうでもよかったカガリだったが、今では少しその子供に興味が湧いてきていた。
「マーナ、今日のこども、私と同い年なんだよなっ」
「こどもではなく、アスラン様ですよ。アスラン様はカガリ様と同じ8歳でいらっしゃいます。お話ではとても物知りな方だと聞いていますから、お友達になって色々教えてもらうと宜しいですよ」
「私、プラントのこと色々聞きたいぞ!ユキの話とか。オーブではユキ、降らないから」
「きっと教えてくださいますよ。さあ、着きました」
応接間の扉に控える従者が、マーナとカガリを見ると、装飾で縁取られた扉を開いた。
「おお、カガリ。やっと来たな」
部屋のなかにいたウズミがカガリの姿を見とめると、椅子から立ち上がった。
奥にいたザラ一家も、小さな姫を迎える為に立ち上がる。
「まあ、なんて可愛いお姫様なのかしら」
淡い緑のドレスを纏ったカガリに、レノアが目を細めた。
「いや、昼間は少し体調が悪かったのだが、今ではすっかり回復しましてな」
ウズミはどうやらカガリの不在を、体調不良ということにしたらしい。
幼い普段のカガリだったら、私はそんなにヤワではないと声に出してしまうのだが。
「どうした、カガリ?こっちにきて挨拶をしなさい」
ドアの前で少しも動かないカガリを不思議に思い、ウズミが声を掛ける。
カガリは数度まばたきをすると、弾けたようにプラントの少年へと駆け寄った。
「お前プラントからきたんだな!」
いきなりのことに少年だけではなく、全ての者が呆気に取られていることをいいことに、カガリは元気よく続ける。
「そうならそうと早く言えよ!帰る家ないとか言うから心配したんだぞ」
「カガリ?」
ウズミが声を掛けるが、カガリはお構いなしに少年の腕を取った。
「さっき一緒に街でケバブ食べたじゃないか!もう忘れちゃったのか?」
「カガリ様っ!」
青くなったマーナが飛び出して、カガリを少年から引きはがした。
「アスラン様にいきなりなんてことをっ!」
「申し訳ありません、パトリック殿。本当に不躾な娘で」
「いや何、元気があってよいことですよ」
一瞬呆気にとられていたパトリックだったが、ウズミの謝罪に愛想よく微笑む。
「カガリちゃん、初めまして。私はレノアよ。こっちは息子のアスラン。カガリちゃんと同い年なの、仲良くしてあげて」
元来おっとりとした性格のレノアは、カガリのお転婆に動じることなく、逆に微笑ましいと思いさえしながら、カガリに話しかけた。
カガリはというと、やっと乳母の拘束が解かれたとことだ。
「カガリちゃんは、アスランと誰か別のお友達を間違えているのかしら」
「間違えてなんていないぞ!さっき城下の街で・・」
カガリがそこまで言ったところで、今まで唖然としていたアスランが落ち着きを取り戻し、カガリの手を取った。
「カガリ姫。挨拶が遅れました。私はアスラン・ザラと申します。残念ですが、姫と私は初対面ですが」
そのしっかりとして落ち着いた喋り方はとても8歳の者とは思えない。
「うそだ!」
「嘘ではありません。私はさきほどオーブに着いたばかりで、今までずっとこちらにいたのですから」
カガリはしばらくアスランの綺麗な翡翠の瞳を見つめたが、やがて不満そうにため息をついた。
「そうか・・お前はアイツじゃないんだな・・」
「カガリ、そこまでにしなさい。さあ、晩餐の用意ができましたのでどうぞ大広間へ」
ウズミがザラ一家を大広間へと誘い、皆が応接間から出るところで、カガリが思いついたように言った。
「わかったぞ!お前、ふたごだろ!」
「カガリ姫、残念ながらアスランは姫と同じく一人っ子でね。」
姫の破天荒ぶりに若干苦笑しながら、パトリックが言った。
「カガリ様、馬鹿なことはもう仰らないでください」
マーナが嘆くようにそう懇願して、それでも姫の幼いゆえの無邪気な振る舞いに、暖かな空気がその場に流れたが、姫の無知で無垢な言葉に、ただ一人レノアだけは一瞬動くことができなかった。