藍色の秘密

「アスラン・・!アスラン!」

何度も名を呼びながら、カガリは夢中で窓の鍵を開けた。

「お前、無事だったんだな!良かった・・!」

カガリの部屋は三階だが、運動神経が抜群にいいアスランのことだ、木の枝を伝って登ってきたのだろう。
足を少しでも踏み外せば、大怪我をしてもおかしくないのだが。
お転婆だった自分に危ないことはするなと、散々小言を言っていたのは誰だと文句をつけようとは、今は思わなかった。
バルコニーに立つ彼の腕を掴み、部屋に引き入れる。
心が沸き立ってしょうがなかった。
ずっとずっと心配して、会いたくてたまらなかったのだから。

「心配したんだからな!本当に・・!今までどこにいたんだ?」

アスランの腕を掴んだまま、捲し立てるカガリだったが、アスランの瞳を直視した瞬間、息を止めた。
美しい光を湛えていたエメラルドグリーンが、黒く重く濁っていて、その瞳は何も映してはいなかった。

「アスラン・・お前・・」

掴んでいた腕を、無意識のうちに、そっと放した。
様子のおかしいアスランに嫌な予感がして、カガリの興奮が氷で冷やされたように、固まっていく。

「父が死んだ」

張りつめたような沈黙のなか、カガリと再会して初めてアスランが発した言葉は、カガリの予想だにしないものだった。

「え・・?」

「父も俺も反乱から逃げ延び、ヴェサリウスで落ち合って・・だけど父はそこで・・俺を殺そうとした。俺はプラント王家を冒涜した大罪者だからと・・」

「そんな・・」

「家臣たちが父を止めようとして、揉み合ううちに、刃が父の胸に刺さって・・」

その惨劇を想像して、カガリは息を詰まらせた。
アスランの悲しみや辛さは、一体どれほどのものだろう。
実父に否定され、殺されそうになるのは。
互いに分かり合えぬまま、目の前で親の死を見るのは。

「皆、敵意と憎しみが混ざり合って、父の意を汲もうとする者と阻止しようとする者たちで乱闘が起こって、俺は身ぐるみ一つで、ヴェサリウスから逃げた・・」

「アスラン・・」

「どうしてだ・・カガリ・・俺はプラントを統べるにふさわしい人間になろうと、ずっと努力してきたのに・・」

アスランの目が悲しげに細まって、カガリの胸が締め付けられる。
その悲しみを、嘆きを、癒してあげたいと心底思った。
だけどアスランの心の傷が、生半可な慰めで消えるものではないことも本能で理解していて、カガリもまた泣きそうな顔でアスランを見つめることしかできなかった。

「今の俺にはもう、何もなくなってしまった。今までの生活も、父も、親衛隊も・・みんなアイツに取られてしまった」

震える声でそう言うと、不意にアスランの瞳が瞬いた。
だけどそれは希望の光ではなく、何か危険を感じさせるような光だった。

「カガリ・・君もか?」

「え?」

「アイツに何をされた?」

アスランの言葉に息を呑み、彼の視線が自らの首元に向けられてることに気づくと、慌てて手で隠したが、今更だった。
それに、アスランは窓越しに再会したときから、気が付いていたのかもしれない。
カガリの首筋に咲き乱れる紅い花に。

「みんな・・俺を捨ててアイツのところへ行くのか・・」

くぐもった声でそう言ったアスランの目は、怒りと憎しみに彩られていた。

「アスラン!違うっ・・私はっ」

カガリは咄嗟にアスランの腕を掴むが、アスランは意に介さず、扉に向かう。
アレックスへの憎しみの言葉を吐きながら。

「アイツ・・許さない・・。殺してやる・・俺は奴を殺しにきたんだ」

「アスラン!」

カガリは死にも狂いで、アスランを行かせまいと、彼の腕を引っ張った。
辛くて悲しくて、自分が泣いてることにも気が付かず、ただ無我夢中に。

「何故止めるんだ!お前もあいつの方がいいのか!」

そう叫んで、振り返ったアスランの瞳も涙で濡れていた。
その瞳を見た瞬間、彼の苦悩や絶望から逃げてはいけないとカガリは思った。
全て受け止めて、彼を守ってあげたい。
その想いがすとんと胸に落ちると、狂気に取りつかれたアスランへの恐怖も驚くほど綺麗に消えていった。

「お前に復讐鬼みたいなこと、してほしくないんだ!」

そう叫んで、アスランの胸に顔を埋めた。

「許してくれ・・身を守れなかった私を。・・すまない・・アスラン、許してくれ」
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