藍色の秘密






広く柔らかなベッドに腰かけ、カガリは一人苛立つ心を持て余していた。
ここは、プラントの王宮にほど近いミネルバ宮の一室だ。
精巧で美しい調度品で揃えられた、恐らく高貴な貴婦人の為の部屋なのだろう。
反乱軍に捕らえられたカガリは、薬で眠らされ、気が付いたときには、この部屋のベッドに寝かされていた。
もちろん扉は外側から鍵がかかっていて、軟禁状態だ。
部屋は三階にあり、飛び降りることもできない。

(一体、何がどうなっているんだ・・)

捕らえられてから、既に二日が経っていた。
カガリの身の回りの世話を行う侍女の他には、誰もこの部屋にはやってこない。
プラントの状況について問い詰めても、後でアレックスが説明してくれると言うだけで、侍女は何も教えてはくれなかった。
しかしそれは同時に、アレックスがカガリの元に訪れるということを意味する。

(アレックス・・)


アレックスは一体どうしてあんなことをしたのか。
優しく穏やかな彼が、一体何故反乱軍の首謀者などになったのか。
アレックスがアスランの双子の兄であるという話を聞いたけれど、彼が権力を欲する人間ではないということを、カガリはよく知っている。
それなのに、何故・・?
様々な疑問が疑問が頭のなかで浮かび上がり膨れ上がり、破裂してしまいそうだった。
とにかく、一刻も早くアレックスと話をしたい。
彼と言葉を交わして、彼の思いや考えを聞きたくてしょうがなかった。
それだけじゃない。

「アスラン・・」

大好きな人の名を、声にだしてみる。
彼の安否が心配でしょうがなかった。
玉座の間で見たアレックスは、明らかにアスランを切り殺そうとしていた。

(アスラン・・アスラン・・)

もしアレックスがアスランを殺めることがあったら、自分は絶対にアレックスを許さないだろう。
アレックスの刃がアスランの生命を奪った瞬間、カガリは二人を同時に失うのだ。
そんなことは耐えられそうになくて、カガリはひたすらにアスランの無事を信じながら、逸る心を何とか抑えつけ、アレックスの訪れを待つしかなかった。









それからさらに二日後、アレックスがカガリの元へやってきたのは、カガリが捕らえられてから、四日目の夜だった。

「カガリ様。失礼致します」

扉を叩く音と、低く艶のある声に、ベッドに突っ伏していたカガリは飛び起きた。

「伺うのが遅れて、申し訳ありませんでした」

カガリは目をわずかに目を見開き息を詰め、扉の前で深く礼をするアレックスを凝視した。
数カ月ぶりに見る、アレックスの姿。
アスハ邸の前で別れの抱擁を交わしたときと、なんら変わっていない。
ゆっくりと姿勢を戻したアレックスのエメラルドの瞳を据えた瞬間、カガリは弾かれたように立ち上がった。

「アレックス!」

静かに佇む彼に走り寄り、襟元を掴みあげる。

「お前!これは一体どういうことなんだ!!説明してみろ!ええっ?!」

カガリの瞳にも声にも、凶暴な怒りが現れていたが、アレックスは動じることもなく、唇の端をかすかに上げた。

「久方ぶりの対面だというのに、いきなり掴みかかるとは行儀が悪いと、マーナさんに叱られますよ」

「ふざけるな!質問に答えろ!」

アレックスの態度に、カガリはますます苛立った。
どれほど自分が怒り、憤っているのか、アレックスは分かっているはずなのに、この余裕のある態度は何なのだろうか。

「説明もなにも・・カガリ様がプラントの王宮でお聞きになられたことが全てです。私は正統な第一王位継承者で、その権利を取り戻した。それだけのことです」

淡々と語るアレックスを、カガリは信じられないという風に見つめた。

「取り戻したって・・お前、それじゃあ、アスランは・・?アスランはどうなったんだ」

「彼は逃亡しました。現在、彼が潜伏していそうな場所を捜索しています。見つかるのは時間の問題でしょう」

アスランは生きている。
その事実に安堵を感じながらも、彼が依然として非常に危うい状況にあることには変わりない。
カガリは声を潜め、恐る恐る尋ねた。

「アスランが見つかったら、お前・・どうする気だ」

「カガリ様には申し訳ありませんが・・王の息子は、一人でいい」

「そうまでして、皇太子になりたいのかよ!!双子の弟を殺してまで?!反乱を起こしてまで?!お前はそんな人間じゃなかったじゃないか!」

何の躊躇いもなくアスランを殺すと言ったアレックスが、許せなかった。
カガリは手をあげ、アレックスの白い陶器のような頬めがけて、力いっぱい振り下ろしたのだが。
頬を打つ瞬間に、パシリと手首を掴まれてしまった。

「な・・放せ!」

振りほどこうとカガリは暴れたが、アレックスはカガリの手首を放さない。
それどころか、手首を握る手に力を込めてくる。
まるで何かを訴えてくるように。

「私は権力という名の剣が欲しかったのです。権力がなければ、手に入らないものがある。それを手にする為に、私は皇太子になります」

自らをじっと見据えてくるアレックスに、カガリはまるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
深い湖のような瞳の奥に、激しい炎が燃え盛っていることに気が付いたからだ。

「私が真に望むものは、いつだって一つだけだ」

アレックスはそう言うと、掴んでいたカガリの手首を引き寄せ、その身体を抱き込んだ。






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