藍色の秘密
ザフトの大軍の前に、王宮の警備軍はなすすべもなかった。
警備の為、王宮に常在している軍人はおよそ百人程で、今回城に攻め入ってきたザフト軍の数は二千を超える。
圧倒的な数の差に加えて、反乱軍を指揮しているのは、正統なプラントの皇太子、アスランの双子の兄だという話に、警備軍の闘志は揺らいでしまった。
そもそも王宮の警備軍は、ザフトから派遣された兵隊である。
同士と剣を交えることは辛いことだったし、もし反乱軍の言い分が事実だとしたら、自分たちは正統なプラントの皇太子に刃を向けていることになるのだ。
その恐れと気の迷いから、闘志を失った警備軍たちはいとも容易く城下にザフト軍の侵入を許し、ザフト軍は、あっという間にプラントの王宮を包囲した。
「くそっ・・!」
王宮が包囲されたとの報告を受けると、アスランは拳を握りしめた。
「アスラン!反乱軍が突入してくる前に、秘密の通路を使って、脱出しましょう!」
奥歯を噛み締めているアスランに、二コルが急かすように言った。
アスランと、その親衛隊を中心とする王子直属の精鋭部隊は、城の中央に位置する玉座の間に集っていた。
反乱軍を迎え撃つ為だったが、もはや勝負はついていた。
いくら腕の立つ精鋭部隊とはいえ、ザフトの大軍を前に、数十人で立ち向かうなど、不可能なことだった。
「王も、カガリ様も既に脱出した!お前も早く・・!命さえ助かれば、いくらでも反撃の策を練ることができる」
「だが・・!」
城を捨てて逃げることは、アスランにとって堪らない屈辱だった。
プラントの王子としての教育を受け、頭脳明晰で優秀だったアスランは今まで誰の前にも屈したことはなかった。
生まれ持った能力もさることながら、感情の起伏が目立たない為なかなか気づかれにくいが、元来負けず嫌いな性格故、常に努力を怠ったことはなかった。
それなのに、こんな無様な退却を余儀なくされるとは。
(それも・・アレックス・ディノに・・)
アスランの脳裏に、カガリの護衛をしていた自分そっくりの男の姿が浮かび上がる。
いちいち気に障る男だった。
カガリの信頼を手にいれ、彼女の一番近くにいた男。
(あいつが何故、反乱軍など・・)
それも、自分の双子の兄だという、とんでもなく身の程しらずな狂言までして。
しかし、その狂言に皆の心が揺さぶられているという事実が、アスランに更なる屈辱を与える。
反乱軍が何の弊害もなくアプリリウスにたどり着いたのも、ザフト軍が決起したのも、皆がアレックスがアスランの双子だと信じたからだ。
実際、玉座の間に集っているアスラン直属の兵達も動揺していることに、アスランは気づいていた。
違う。アレックス・ディノの言っていることこそが出鱈目で、正統なプラントの皇太子は自分で間違いないのだと、アスランは声を大にして言いたい気分だった。
(そうだ・・俺は父上の一人息子だ・・ちゃんとした正統な皇太子なんだ)
「アスラン!早くしろ!死にたいのか!」
なかなか脱出しようとしないアスランの腕を、ミゲルが乱暴に引っ張ったのと、玉座の間の扉が開かれたのは同時だった。
親衛隊が一斉に扉に顔を向けると、外には武装したザフト兵たちが並んでおり、その中央から二つの人影がゆっくりと玉座の間にやってくる。
一人はデュランダル宰相、そしてもう一人。
悠然とこちらに向かってくる人物に、玉座の間に集っていた者達は息を止めた。
深い夜空のような濃紺の髪、深い知性を湛えた鮮やかな翡翠色の瞳、整った精悍な顔立ちと、何より全身から醸し出される気品。
アスランの双子の兄だという、この反乱のもう一人の首謀者、アレックス・ディノ。
間違いない、彼とアスランは双子だと、その場にいる全員が確信した。
「やはり、アスラン王子は逃げないと思っていましたよ」
互いの表情が分かる位置までやってきて、デュランダルはいつもと変わらない穏やかな声で言った。
「デュランダル・・」
「民を騙した罪を償おうと、裁きを受ける為にここで待っていたとは、やはり次男といえど誇り高きプラント王家の血を受け継いでいらっしゃる」
「ふざけたことを!俺の前で、よくもそんな出鱈目が言えるな・・」
「出鱈目ではありませんよ。この御方、アレックス・ディノ様は正真正銘、アスラン王子の双子の兄君でいらっしゃる。本来ならばプラントの皇太子として君臨しているお方です」
アスランはデュランダルの斜め後ろに立つアレックスを憎悪の籠った瞳で睨み付けた。
アレックスは無表情でそこに佇んでいで、その冷静さが、デュランダルの言葉を肯定しているように思えて、アスランはどうしようもなく腹立たしかった。
「そしてアスラン王子、あなたはアレックス様の持つ正統権を不当に我が物にし、蹂躙した反逆者です」
「デュランダル・・」
つい数日前には、自らを温かく見守ってくれていた人だったというのに、この辛辣な言葉は何だろう。
信頼していたデュランダルから出る、自らへの厳しい批判に、アスランは呆然とした。
アスランだけではない、親衛隊も、アスラン直属部隊も息を止めた。
デュランダルはアスランのことをもはや皇太子とも、王子とも思っていない、ただの犯罪者としか見ていないのだ。
静まり返った玉座の間に、不意にカチャリと冷たい金属音が響いた。
デュランダルの後ろに静かに佇んでいたアレックスが、剣を鞘から抜いたのだった。
広間に緊張が走り、親衛隊がアスランの周りを取り囲む。
「アレックス様、自らの手で、あなた様の権利を取り戻すのです」
デュランダルの言葉に、すうっとアレックスの瞳がアスランに据えられた。
冷たく研ぎ澄まされた鋭い瞳は、アスランがオーブのアスハ邸では見ることのなかったものだ。
あの時の二人はプラントの王子と、アスハの姫を守るただの護衛という関係だった。
けれど、今、二人の優劣は逆転していた。
「そこをどけ。無駄な殺生はしたくはない。どかないのなら、君たちも斬る」
ゆっくりと歩みを進めながら、アレックスはアスランを守るように取り囲む親衛隊たちに言った。
その声は低く艶やかで、アスランと全く同じ音、声質だった。
「俺たちはアスランの親衛隊なんだ!死んでもコイツから離れるものか」
「僕たちの命は無くなっても、あなた一人くらいは返り討ちにしてみせる」
確かにデュランダルの言うとおり、アスランは双子の弟で、正当な皇太子ではないのかもしれない。
それでも親衛隊にとって、アスランは仕えるに値する君主だった。
幼いことから一緒に育った大切な幼馴染なのだ。
彼がどんなに優秀な人物かよく知っている。
冷たく人を寄せ付けない印象を与えがちだが、本当は不器用だけど優しく性格の持ち主だということも。
「直属部隊っ!アスラン王子をお守りしろ!」
ハイネが叫ぶと、痺れるように固まっていた直属部隊が、我に返ったようにアレックスとデュランダルへと向かっていき、反乱軍と激突したのだった。
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