藍色の秘密
「アスラン、大変です!」
二コルが勢いよく部屋に入ってきたのは、明日の結婚式の最後の調整をしているときだった。
プラントの国力を周辺諸国に見せつける絶好の機会でもあり、アスラン自身が待ち望んでいた式の打ち合わせに、突然乱入してくるとは何事かと、アスランは眉をひそめたが。
白い肌は青ざめ、優しい顔立ちには似合わない必死な形相の二コルを見て、すぐに何かあったのだと悟った。
「どうした、二コル。何かあったのか?」
「武装した兵達がアプリリウスに侵攻しています・・!その数、およそ二千!」
「どういうことだ!どこの軍の者だ?ブルーコスモスの者たちか?」
二コルの報告に、アスランは音を立てて立ち上がった。
結婚式を明日に控えたプラントに、このタイミングで攻めてくるとは、一体どこの国の軍なのか。
しかし何故アプリリウスに侵入されるまで、通過点であるマイウスやディセンベルから報告が上がらなかったのか。
一瞬にしてアスランの中に様々な疑問が湧き上がる。
それと同時に、アスランは自らの結婚式に水を差されたことに激しい怒りを覚えたが。
「それが・・報告によると、ザフト軍だということなのです!」
二コルの悲痛な叫びに、アスランの怒りは衝撃で吹き飛んでしまった。
「何だと・・」
「反乱か?」
ともに結婚式の打ち合わせを行っていた親衛隊や、他の家臣にも激しい動揺が走る。
「皆、落ち着け!敵はアプリリウスまで来ているんだ。慌ててる時間は無い。一刻も早く城にある戦力で迎え撃つしかない!」
掌で机を叩くと、親衛隊であるミゲルが周りを叱咤するように立ち上がった。
親衛隊に任命されるぐらいだ、普段は飄々と明るく振舞っていても、気丈な精神と冷静さを併せ持っているのだ。
「二コル!このふざけた反乱の主導者は誰なんだ!わざわざ結婚式の前夜を狙った卑怯者は!」
「それが・・主導者はデュランダル宰相だと・・」
「な・・」
予想だにしなかった人物に、一同が凍りつく。
まさか、パトリックの右腕ともあろう者が、謀反など。
実際アスランも親衛隊たちも、デュランダルを尊敬に値する人物だと思っていたし、信頼しきっていた。
それが、まさか・・
水を打ったように静まり返った部屋だったが、ニコルの話はまだ終わってはいなかった。
死人のように顔を蒼白にして、か細い声で続ける。
「そして主導者は、もう一人・・彼は自分こそがプラントの正統な皇太子だと主張しているそうです」
その言葉に、呆然としていたアスランが、ピクリと反応した。
結婚式前夜に反乱という最も愚かな行為を引きおこした人間が、皇太子の身分を語るなど、許しがたいことだった。
それも、パトリックの一人息子である自分を差し置いてのその主張は、明らかにアスランへの冒涜だ。
(許せない・・)
打ちひしがれている時間はない。
王子として、反逆者に立ち向かわなければならない。
放心していた心を、怒りで引き戻し、アスランは二コルに尋ねた。
「そいつの名前はなんだ」
「アスランの双子の兄で、アレックス・ディノと名乗っているそうです」
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アレックスは、軍の先頭に立ち、数千もの兵を率いていた。
初めて足を踏み入れた、よく整備され、先鋭的で美しいアプリリウスの街の中心を突っ切って行く。
行く手を阻むものは何もなかった。
もうしばらくしたら、目的の場所、プラントの王宮が見えてくる。
自らの勝利とともに。
アレックスは横目で隣で馬を走らせるデュランダルを見やった。
月光に照らされた彼の顔は、禍々しく、この世のものではないように思えた。
実際、デュランダルは人間とは思えない程、天才的な策士だった。
(本当に・・面白いほど簡単にことが進んだ・・)
ザフト軍を味方に引き入れ、結婚式前夜に決起するという計画を聞いたとき、アレックスは無謀だと思った。
しかし、実際にことを起こしてみると、あっさりとザフト軍はこちらの陣営に加わり、どの街もアレックスたちに道を開けたのだ。
神に選ばれしプラントの次期国王、正当な皇太子は、アスランの双子の兄、ここにいるアレックス・ディノなのだと、アスランはその権利なくして皇太子の座に就いた国家反逆者なのだと、そう声高に話すデュランダルの主張を、彼らはいとも容易く受け入れた。
アレックスの顔を見ただけで。
アスランにそっくりな端正な顔立ちと、そこにいるだけでにじみ出てくる、生まれ持った気品が、彼がアスランの双子の兄であるということを、プラントの民に認めさせたのだ。
プラント王室に絶対の忠誠を誓うザフトは、長兄であるアレックスこそが、正当な皇太子である受け止め、現在皇太子の地位にいるアスランと、それを許している現プラント王室の歪みを摘出しようと、デュランダルとアレックスの傘下に加わった。
(もうすぐ・・もうすぐだ・・)
人々の熱気と、数千もの人々を付き従えた高揚感で身体を昂ぶらせながら、アレックスは真っ直ぐにプラントの王宮へと向かった。
あそこには、アレックスと運命で繋がった人達がいる。
一度も会ったことのない父が。
プラントの皇太子として、当たり前のようにその権利を受諾してきたアスランが。
そして、カガリが。
あそこに、いる。
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「カガリ!こっちだ!着替えている時間はないぞ!早く!」
「イザーク!!何だ?何が起こっているんだ、この騒ぎは・・」
「それは後で説明する!早く来い!」
最初の爆発音が聞こえてから、すぐに城内が騒がしくなった。
騒ぎ声や、バタバタと走り回る無数の足音。
駆け付けてきた女官たちに、何があったのか尋ねても、彼女たちも詳しいことは知らないようだった。
カガリが得ることのできた情報は、アプリリウスが襲撃されたらしいということだけ。
いてもたってもいられなくなって、私室から出ようとしたところに、ちょうどイザークが駆けつけてきて、カガリは彼に促されるまま、城の廊下を駆け抜けていた。
「ここは・・?!」
混乱のなか、案内された場所は、誰も使っていない衣裳部屋だった。
埃のかぶった戸棚を動かすと、その後ろにあったのは壁ではなく、扉だった。
イザークが扉を開けると、先は真っ暗だったが、かろうじて地下に繋がる階段が見える。
「ヴェサリウス宮へと繋がっている隠し通路だ。何かあった時の為に、王宮から秘密裏に脱出できるように用意されている。アスハ邸にもあるだろう。さあ、早く中へ」
「ちょっと待てよ!どうしてヴェサリウスへ行くんだ?!一体何が起きている?襲撃ってどういうことだ!説明しろ」
カガリは隠し通路へ押し込もうとするイザークの手を振り払った。
何が起きたか把握できないまま、ただ逃げるなど、カガリにはできないことだった。
縋るように見つめてくる琥珀の瞳に、イザークは舌打ちしたくなったが、ぐっとこらえて苦々しげに言った。
「デュランダルが反乱を起こした。貴様の元護衛と手を組んでな。」
その事実を知ったアスランは、真っ先にカガリを逃がすよう、イザークに命じた。
イザークにしてみれば、カガリの手助けよりも、アスランたちと一緒に反乱軍へと立ち向かいたかったのが、本音だ。
しかしアスランのカガリへの寵愛ぶりをよく知っているイザークは、その命をしかと受け止め、それに全力を尽くそうとしたのだが。
「おい!どこに行く!」
イザークの話を聞いた途端、弾かれたように駆け出したカガリを、止めることはできなかった。
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