藍色の秘密
「はあ・・・」
カガリの部屋を出たものの、アスランはその扉に寄りかかって大きくため息をついた。
心臓がドクドクと高鳴っている。
(危なかった・・)
潤んだ瞳、紅潮した頬、乱れた髪、艶やかな唇。
そのすべてを色鮮やかに思い出すことができた。
加えて、柔らかく温かい身体の感触も。
あんな風に触れたら、自分を押しとどめるのに苦労すると分かりきっているはずなのに。
それでも触れたいと思ってしまうのは、何故なのだろう。
(どうしようもないな・・)
アスランの胸のなかで、相反する気持ちが、拮抗していた。
カガリを大切にしたいと思う気持ちと。
自分のものにしたいと思う気持ちと。
両方とも、カガリを愛する故に産まれる気持ちなのに、その向かう先は全くの正反対だった。
(でも、カガリを怖がらせて、嫌われたくない・・それに、あと少しなんだから)
婚礼まで、あと二週間。
それまでの辛抱なのだ。
そう自分に言い聞かせ息を吐くと、アスランは扉に寄りかかっていた身体を起こし、自らの私室に戻ったのだった。
「はあ・・」
ベッドのなかで身体を丸め、カガリはため息をついた。
顔が熱くて、心臓がドクドクと音を立てて鳴っている。
身体のほてりを鎮めようと、きゅっと目を閉じても、アスランの顔が浮かんできて。
(ああっ・・もう・・!)
自分だけを一心に見つめてくる翡翠色の綺麗な瞳を思い出すだけで、羞恥のあまり叫びたい衝動に駆られる。
不思議だと思う。
アスランは何も変わっていないのに、求婚されたときから、アスランを前にすると恥ずかしくなって、何とも落ち着かない気分になってしまう。
抱きしめられたり、口づけされるとそれは尚更で。
自分でもどうしたらいいのか分からない。
(だけど・・・)
もっとアスランと一緒にいたいと思う。
制御できない感覚に支配されても、ずっと抱きしめていて欲しいと思ってしまう。
その感情の正体は、鈍いカガリでもさすがに察することができた。
(私・・アスランのこと・・)
その感情がいつ生まれたのかは、定かではない。
アスランに求婚されてから芽生えたのか、もともと持っていたものなのか。
始まりは分からないけれど、その気持ちは確かに、カガリの中で急速に膨らんでいた。
(だけど・・)
カガリは先ほどの会話を思い出して、少し後ろめたい気分になってしまった。
――オーブが恋しくはないか?寂しい思いはしていないか?
アスランにそう聞かれて、そんなことはないと言ったのだけれど。
本当は、咄嗟に浮かび上がってきた人がいたのだ。
(アレックス・・)
アスランと全く同じ容姿を持つ、カガリの護衛を務めていた人。
二年間常に一緒にいて、アレックスはカガリにとって空気のような、傍にいて当たり前の、無くてはならない存在だった。
一緒にいたときは、気が付かなかったけれど、彼が傍にいない今、カガリは痛い程にそれを感じていた。
(アレックスは…元気にやっているだろうか・・)
***
その日、プラントは明日に迫った結婚式で、祝賀ムード一色に包まれていた。
プラントが誇る聡明で美しい王子と、オーブを体現するような明るい金髪の可愛らしい王女の結婚に、プラント国民は熱狂し、その日を楽しみに待ち望んでいたのである。
国の一大イベントに、プラントの王宮は大変な忙しさであったが、式前日ともなると支度や手筈は既に整い、明日の式に万全な体調で臨めるよう、今日は早く休むようにとカガリは女官たちから告げられていたが。
(眠れない・・)
体中を念入りに極上な香油で塗りこめられ、部屋には甘く温かい香りを放つキャンドルが灯されていたが、カガリは眠ることができなかった。
ついに明日が結婚式だと思うと、どうしたって落ち着かなかった。
暗い部屋のなか、寝返りを繰り返す。
ゆっくり休むように言われたけれど、王宮全体がはじけそうなくらいの高揚感で包まれ、暖かく穏やかに整えられたカガリの私室まで、それは伝わってくる。
次にアスランに会うのは、結婚式なのだと思うと、いてもたってもいられない。
(駄目だ・・目が冴えて・・)
眠ることは一旦諦めて、水でも飲もうと、カガリがベッドから身を起こしたときだった。
窓の外から、ドーンと花火が上がるような、鈍い爆発音が聞こえた。
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