藍色の秘密
アスランは上機嫌だった。
長い会議のあとだというのに、その足取りは軽い。
「アスラン、顔がにやけていますよ」
隣を歩く親衛隊の二コルにそう言われて、慌てて顔を引き締める。
「そ・・そうか?」
「お前に憧れる世の女性たちをがっかりさせるような、締まりのない顔していたぞ」
「この腑抜けめ」
同じく親衛隊のディアッカとイザークにも駄目だしされて、アスランは苦笑いをした。
自分が締まりのない顔をしている、その自覚はある。
だけど、どうにも顔の筋肉が緩んでいくのが止められないのだ。
「まあ、いいじゃないですか。もうすぐ婚礼だと思うと、誰だって気分が高揚しますよ」
ニコルが笑いながら、辛口な友人をたしなめた。
ちょうどプラント王宮の長い廊下を、アスラン王子とその周りを囲うように、この夏から任命された親衛隊たちが、颯爽と渡っているところだった。
女性よりも整った高貴で気品のある顔立ちの王子はもちろん、親衛隊たちも皆プラントの貴族たちの子息で、生まれながら持つ気品と風格を漂わせており、周りの者たちから一線を画している。
しかし幼馴染である彼らは、こうして仲間内だけになると、年相応の砕けた会話をする。
周りの者たちは遠くから、彼らの会話に入ることができたらどんなにいいだろうと羨望と憧れの眼差しで彼らを眺めているのが常だった。
「そうだな。アスランの場合は、長年ずっとカガリ姫に片思いしてたんだから、尚更だよな」
ミゲルが二コルの言葉にうなずき、いたずらっぽくアスランの顔を覗き込んできた。
「今は幸せの絶頂か?」
「え・・別にいいだろう・・俺のことなんか」
「顔崩してる奴が言う台詞じゃないな」
「そうだ!俺たちも姫の部屋に一緒に行っていいか?お前の親衛隊として、仲良くなっておいた方がいいし」
「それは駄目だ!」
「冗談だよ」
ミゲルの一言に、一気に笑い声に包まれ、アスランは気まずそうに下を向いたのだった。
カガリの部屋に入室を許され、アスランはそっと扉を開けた。
「カガリ」
しかし名を呼んでも、カガリの反応がない。
不思議に思ってアスランが部屋の中に歩みを進めると、カウチの肘掛にもたれかかる様にして、カガリが眠っていた。
婚礼準備として、やらなければいけないことは多々ある。
二週間後に婚礼がせまった今、カガリは大忙しなのだろう。
それはアスランも同じことだが、婚礼のことだけでなく、プラントの習慣に慣れなくてはいけないカガリの負担は大きいに違いない。
しかしカガリを大変な目にあわせてしまって、申し訳ないと思う反面、胸のなかには喜びもまた、生まれる。
婚礼を行うという実感がふつふつと湧いてくるからだ。
婚礼が終わったら、自分たちは。
「カガリ・・」
アスランは椅子の前に跪くと、カガリの頬に唇を落とした。
柔らかい白桃のような頬だ。
次いで両瞼にも口づけると、カガリの睫が震え、琥珀色の瞳が瞼の下から現れた。
「アスラン・・?」
「ごめん、起こしてしまった」
「私のほうこそ、寝てしまって・・」
カガリがプラントへやってきて一か月余り。
毎夜、執務のあとにアスランはカガリの元へ訪れていた。
食事もできるだけ一緒に取るようにしている。
カガリが自らの居住、プラントの王宮にいることが嬉しくてたまらなかった。
「今日も、大変だったか?」
「招待客の名前と経歴の暗記をしていたんだ・・頭を酷使して疲れたらしい」
「ごめん、カガリ。あともう少しだから」
「うん。でも私はいずれプラントの王妃になるんだ。これくらい」
「カガリ・・」
アスランは嬉しくなって、カガリを抱きしめた。
カガリは自分の妻になることを、受け入れてくれているのだ。
求婚を承諾して、今プラントにいるのだから、それは当たり前のことなのだが。
長い間カガリを想ってきたアスランにとって、もう自分の一方通行ではないのだと思わせてくれるカガリの言葉が、いちいち嬉しくてたまらなのだ。
「プラントには、慣れたか?」
カガリの柔らかさを堪能して、そっと腕を緩めながら尋ねた。
「ああ。ディアッカやイザーク、お前の親衛隊たちはオーブで何度も会っているし、女官や家庭教師たちも、皆優しくて暖かい人ばかりだ」
「そう、良かった・・。何か気づいたことがあったら、何でも言うんだぞ」
「うん。有難う」
にっこり笑うカガリに、アスランは微笑み返すと、そっとその身体を抱き上げた。
「アスラン?!」
「眠いんだろう?疲れているみたいだし、無理はするな。もう寝よう」
「だからって・・私は自分で歩けるのに」
頬を赤く染めながらブツブツ文句を言うカガリを無視して、アスランはカガリをベッドへと運んだ。