藍色の秘密
アスランがプラントへ帰国してから一か月後、木々の緑を燦々と照らす太陽の下、アスハ邸の門の前には、プラント王家の紋章が刻まれた豪華な馬車と、それを囲うように数台の馬車が並んでいた。
アスハ邸の玄関前には、キサカをはじめ、アスハ家の重鎮、さらにその後ろにはマーナやアスハ邸で働いている召使たちが、見送りの為に立っている。
全員と話していたら日が暮れてしまうので、特別に懇意にしていた者たちだけに限られたが、カガリは彼らと別れの挨拶を交わしているところだった。
「アスラン王子との婚姻、ウズミ様もお喜びになっているだろう。プラントでも、しっかりやるんだぞ」
「分かっているさ」
「婚儀を楽しみにしている」
厳めしい外見のキサカも、今日ばかりは嬉しそうで、だけど少し寂しさを浮かべた、何とも言えない表情をしている。
父のような叔父のような、兄のような。
時に優しく、時に厳しく、カガリを見守ってくれた人だ。
キサカの言葉にカガリは頷くと、その後もホムラやマーナ、親しかったカガリ付の召使たちと別れの挨拶を交わし、そして一番最後に、列の端に並んでいたアレックスの前に立った。
「アレックス・・」
彼はいつも通りの優しい顔をしていた。
夏の太陽の下で輝くエメラルドがとても綺麗で、カガリは胸が詰まってしまった。
二年間、ずっと傍にいてくれた人。
いつも優しくて穏やかで、自分のことを一番に思ってくれた人だ。
二年間、一緒に過ごした日々の思い出が、次から次へと浮かんでくる。
(アレックス・・)
何か言わなくてはいけないのに、声が出せない。
声を出したら、言葉と一緒に涙まで出てしまいそうだった。
キサカやマーナは二か月後、プラントで行われる婚儀に参列する予定だが、ただの雇われの身であったアレックスは婚儀に参加することはできない。
それに、キサカたちには会おうと思えば、それは難しいことではない。
プラント王家とオーブの氏族は親交が深く、互いに行き来する機会が多いのだから。
(けれど、アレックスは・・)
プラントへ嫁ぐことが決まったとき、カガリは当然アレックスも護衛として、一緒にプラントへ渡るものだと思っていた。
しかし花嫁がたとえ護衛であっても、年若い男を伴いって新郎の元へ嫁くなど、言語同断だとあっさり周りからたしなめられてしまった。
キサカやマーナだけではない、アレックス当人からも。
――それではお前、これからどうするんだ?
――また、元の傭兵に戻ります
――傭兵って・・このままアスハ家にいるんじゃないのか?
――キサカ様には、そのような有難いお言葉も抱きましたが、私には傭兵が性に合うのです
プラントに一緒に行くこともできず、アスハ邸に留まらないというのいうのなら、アレックスとは、もう・・会えなくなるかもしれない。
今日の別れが一生の別れになるかと思うと、寂しくて悲しくて、どうしようもなかった。
「アレックス、次の雇われ先が決まったら、必ず知らせろよ」
彼と繋がりを保ちたいという思いで、押し寄せてくる感傷を押さえつけ、何とか声を出すことができた。
「はい」
カガリの言葉に、アレックスは穏やかに微笑んだけれど、カガリは彼が自分から連絡してくることは決して無いと分かっていた。
二年間もずっと一緒にいたのだ。
彼のことはよく分かっている。
穏やかで優しくて、控えめだけど、誰よりも強い心を持った人。
どんな自分も受け入れてくれる、心の拠り所。
彼がいたから、ウズミの死を乗り越えることができた。
「アレックス・・今まで、有難う・・・」
言葉とともに、アレックスへの想いが涙となって、溢れ出た。
耐え続けていた涙は、一度流してしまうともう止めることはできず、カガリはアレックスに抱きついてた。
彼の温もりを感じて、ますます涙が止まらなくなる。
「カガリ様・・・」
自らにしがみ付いて泣き続けるカガリに、アレックスは少し困ったようだったが、そっと華奢な背中に手を回し、抱擁を返した。
「どうか、泣かないで下さい。会いに行きます。絶対に私はまた、カガリ様に会いにいきますから。だから、どうか・・」
二人がどんなに強い絆で結ばれているか知っているアスハ邸の者たちは、抱き合う二人を静かに見守っていた。
それから二十分後、迎えにやってきたプラントの一団と共に、カガリはプラントへ出立したのだった。