藍色の秘密
一睡もできなかった。
眩しい朝日を浴びながら、アレックスは目を細めた。
一晩中、デュランダルから告げられた言葉が頭のなかを巡っていた。
カガリとアスランの結婚。
自らの出生。
デュランダルの陰謀。
たった一晩で受容するには、あまりにも衝撃的なことばかりだった。
(駄目だ・・!)
アレックスは首を振った。
カガリの迎えに行かなくてはいけない。
普段は鈍感なのに、たまに驚くほど人の内面に敏感な少女だ。
普段通りに振るまわなければ、何かあったのかと感づかれる。
アレックスは小さく深呼吸をすると、顔を上げ、もう起床しているであろうカガリの部屋へと向かった。
カガリの目覚めは良い。
アレックスが毎朝迎えに行くと、たいてい朝の支度は終わっていることがほとんどだ。
果たして、今朝もそうだったのだが。
アレックスはカガリの様子がいつもと違うことに気が付いた。
「あまり、よく眠れませんでしたか」
図星だったのだろう、カガリはゴシゴシと目をこすった。
「あ・・ああ・・」
俯きながらモゴモゴと明確な言葉を発しないカガリを、しかしアレックスは問い詰めることはしなかった。
カガリから聞かなくとも、目が赤く充血している理由を知っているからだ。
(王子は・・今頃、カガリ姫に求婚しているのかな)
数時間前にデュランダルから告げられた言葉を、アレックスは頭のなかで反芻する。
デュランダルの予想は、きっと当たっているだろう。
おそらく、話をしようと追っていったカガリに、アスランは求婚をしたはずだ。
そもそも彼はカガリに自らの胸の内を、裏庭で告げようとしたのかもしれない。
だからそれを邪魔した自分に、あそこまで激高したのではないだろうかと、アレックスは思っていた。
(いいんだ・・アスラン王子とカガリ様は良い夫婦になる。俺は・・俺は昨日何も聞かなかった。俺はただのアレックスだ・・)
おそらくカガリは、アスランの求婚を受諾しただろうと、アレックスは察していた。
「あのな・・」
アレックスの胸の内も知らず、カガリがおずおずとアレックスを見上げてくる。
その頬は、上目使いをしている瞳と同じくらい、真っ赤だった。
「何でしょうか、カガリ様」
「アレックス・・あのな、私・・」
カガリが何を言いたいのか分かっているが、アレックスは穏やかにカガリの言葉を待った。
笑顔で祝福できるように。
「アスランと・・その・・け、結婚することになった・・」
「それは、おめでとうございます」
「驚かないのか?!」
アレックスの普段通りの落ち着きぶりと穏やかさに、カガリの方が目を丸くした。
「確かに少し驚きましたが、いずれはと思っておりましたから・・」
「そうなのか・・私は全然そんなこと考えていなかったのに」
感心したように、カガリは息を小さく吐いた。
「アスラン王子はカガリ様を大切にしてくれるでしょう。お二人はオーブとプラントの架け橋として、両国の民から愛されるはずです」
「アレックス・・」
「さあ、プラント使節団もご到着されたようですし、参りましょうか」
アレックスは優しく微笑むと、カガリをドアへと促したが。
不意に襟が乱れているのに気が付いた。
寝不足で、注意力が散漫になっていたのだろう。
アレックスはカガリの襟元に手を伸ばした。
「カガリ様、お洋服が」
それは、いつも通りの、何気ない行動だったのだが。
アレックスの瞳は、ある一点にくぎ付けになった。
(これ、は・・)
カガリの細い首筋に咲く、紅い花。
唇の痕。
(カガリ様は、アスラン王子に・・)
ドクンと心臓が鳴って、体温が急激に下がっていく気がした。
こんなはずではなかった。
二人の結婚を、受け入れた、はずだった。
祝福している、はずだった。
それなのに・・・。
凍てついた身体に、激しい嫉妬の炎が灯り、瞬く間にそれは燃え上がった。
(嫌だ・・嫌だ・・)
苦しくて苦しくて堪らなかった。
自分の心臓が握りつぶされ、そのまま奪われてしまうようだった。
事実、アレックスにとってカガリは生きる希望、命そのものだった。
それを・・。
(奪われたくない・・誰にも・・)
二人の情事の痕をはっきりと目の当りするまで、分からなかった。
頭で理解することと、心が受け入れることは、全く別のことであったのだ。
「アレックス、どうしたんだ?」
動きを止めたアレックスを不審に思ったのか、カガリに声を掛けられて、アレックスは僅かに身を揺らした。
「いえ。何でもありません。襟元を直しておきました」
手早く襟元を正し、紅い痕を隠すと、アレックスは穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、アレックス」
カガリもアレックスに結婚の報告をするという肩の荷が下りてほっとしたのだろう、晴れやかな笑顔だった。
きっと、恋愛面に疎いカガリは自らの身体に、男の情欲の痕が残っているだなんて思いもしないのだろう。
そう、カガリは真っ直ぐで純粋で、そして幼い。
だから想像はしても、現実味を帯びなかった。
名実ともに、他の男のものになるなど。
そんなこと、アレックスには耐えられなかった。
許せるはず、なかった。
(だったら、いっそ・・)
アレックスは一つの決断を下した。
(デュランダル宰相は、本当に凄い・・)
カガリと共にアスハ邸の廊下を歩きながら、アレックスは酷く冷静で、落ち着いていた。
いつも思う。
もし、あのとき
アレックスの覚悟に気が付くことができていたのなら
あんなことには、ならなかったのかと。
*