藍色の秘密





「そんな・・嘘です・・そんな、夢物語みたいなこと・・」

やっとの思いで出した声は、ひどく掠れていた。
喉がからからで、上手く呼吸ができなかった。
ドクドクと脈打つ自らの鼓動が全身に響く。

(嘘だ・・・嘘だ・・・)

幼いころ、自らの出生についてよく考えた。
自分の両親はどんな人なのだろう、と。
自分が親から捨てられたということは分かっていても、もしかしたら、いつか、迎えに来てくれるのではないかという淡い希望を持っていた。
本当はやむを得ない事情があって、両親は断腸の想いで自分を捨てたけれど、時がたてばいずれ・・・と。
けれど地獄のような日々を過ごしていくうちに、そんな儚い夢は消え去って。

「嘘ではないよ。まあ、気持ちは分からなくもないがね。急にそう言われても実感なんて沸かないだろうから」

「あるはずない・・そんな・・」

真っ青な顔で、怯えるように首を振るアレックスに、デュランダルは薄く微笑んだ。

「17年前、レノア王妃は双子の男児を出産されたんだよ。だがプラントでは当時、双子は不吉とされていてね。君は生まれてすぐ殺されるはずだった。だけどレノア妃の願いで、出産に立ち会っていた召使の一人が、君をオーブに逃がしたんだ。このことは、レノア妃の出産に立ち会っていた産婆と数名の召使、そしてレノア妃だけの秘密だった」

永遠に知ることのないと思っていた自分の出生について、デュランダルが滑らかに説明するのを、アレックスはただただ息を詰めて聞いていた。

「しかし、この17年で産婆も死に、レノア妃もみまかわれ、プラントの情勢も大分変わった。そんなときに、アスラン王子は双子ではないかという噂を耳にしてね。私はことの真相を確かめようとしたが、当時の召使達は既に行方も分からない。真相を掴むのは、雲を手に掴むようなものだった。しかし数か月前にレノア妃の出産に立ち会った召使の一人をついに見つけ出したんだ。最初は口を噤んでいた彼女も、私の熱意に絆されたのか、プラントの現状を理解したのか、やがて当時のことを語ってくれてね」

そのときの興奮を思い出すように、デュランダルは小さく息を吐いた。

「噂が真実だと知った時、身体が震えたよ。だけど、ここからが更に大変だった。何しろ君の行方はそこでプツリと途絶えてしまっていて」

僅かに開いた窓から、夜風が入ってきて、アレックスの濃紺の髪が揺れた。

「ありとあらゆる情報網を使って、君を割り出したのは最近のことだ。驚いたよ。アスラン王子の双子の兄が、アスハの姫を護衛をやっているなんて」

「そんな・・そんな、証拠はあるんですか。私が・・」

ずっと知りたかった謎が解き明かされた時、そこにあるのは純粋な喜びだと、アレックスは思っていたけれど。
今、彼を支配しているのは、激しい動揺だった。

「証拠はたくさんある。しかし何よりも、君には生き証人がいるじゃないか」

アレックスの脳裏に、一人の男が浮かび上がった。

(アスラン・・王子・・)

濃紺の髪に、翡翠色の目をした端正な顔の男。
驚くほど自分にそっくりな男だ。

「本題はここからなんだよ」

デュランダルに告げられた言葉に、アレックスは顔を上げた。
感情が整理できないのに、まだ話の続きがあるというのか。

「プラント評議会は今、急激な人口増加の問題に直面し、割れている。小国を支配し領土を拡大するという国王派と、プラントの人口抑制を推す我々とでね」

ドクンとアレックスの心臓が大きく鳴った。
先ほどデュランダルが口にした、プラントの人口増加の問題。
そして、このタイミングで告げられた自らの出生。
頭のなかで、何かが結びつきそうになった。
これ以上、彼の聞いてはいけない。
それは直観だった。
けれど身体が石になったように、まるで動かない。

「私はできるだけ、争いは行いたくないんだ。いかに相手が小国だろうと、少なからずプラントにも犠牲が出る。だったらプラント自国で人口の調整を行った方がいいというのが私の持論でね。幸い、評議会も半分以上が私に味方をしている。もうすぐ王の時代は終わるだろう」

「まさか、あなたは・・!」

「私はプラントの為に、現政権を倒す。そこで私は君を、プラントの正式な皇太子として迎えたい。私たちのリーダーになってもらいたいんだよ」






部屋には沈黙が満ちた。
張り巡らされた糸でできたような危うい沈黙のなか、アレックスは自らの鼓動が部屋中に響いているような気がした。
まるで、身体が心臓の鼓動に支配されてしまったかのようだった。
しばらく互いに言葉も発さずいたが。
やがてデュランダルは、硬直しているアレックスに語りかけた。

「ただの護衛として、用心棒としての人生もいいだろう。だが王子に・・皇太子になれば、全てを手に入れることができる。その力と資格が君にはある。変えてみたくないかね、世界を」

「全てを・・」

(手に入れる・・・)

優秀だった為に、貴族や要人の護衛の任に就くことが多かったアレックスは、その背後にある汚く黒い世界を常に垣間見てきた。
人々を守る立場でありながら、自らの保身や権力のことばかり考える要人達に、何度嫌悪感を抱いたことか。
それらを一蹴できるのなら、その力が自らにあるのなら。
そして・・。

(カガリ様・・)

決して届かないと思っていた人だけれど、全てを手にいれることができるとデュランダルは言った。

(俺が王子になれば・・カガリ様を・・)

蔑むようなアスランの顔。
激高したアスランを心配するカガリの顔。
そして、アスランの元へ、カガリを向かわせた自分。

(あのときの自分は、本当にカガリ様の幸せを、純粋に願っていただろうか)

アレックスは拳を固く握りしめた。




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