藍色の秘密






身の程なんて、彼に言われなくても、よくわきまえている。
だから、その証拠に、嫉妬なんて、しない。
自分と彼女が結ばれることなど、ありえないのだから。







アレックスは暗い廊下を一人、歩いていた。
中庭でカガリをアスランの元へ送り出し、自らはしばらくその場に佇んでから、アスハ邸の私室へ帰るところだった。
誰ともすれ違うことのない深夜の廊下を歩きながら、アレックスは先ほどの中庭での出来事を反芻していた。
激高したアスラン。
豹変したアスランに戸惑いながらも、彼を心配していたカガリ。
プラントの王子であるアスランが、カガリに好意を持っていたのは知っていた。
アスハ邸では周知の事実であり、自らもカガリに仕える召使たちからその話を聞いていたから。
カガリへのアスランの態度を実際に目にして、それが事実であることを、アレックスはすぐに悟った。
そして、アスランが自分のことを良く思っていないことも。
当然だと思う。
自分が愛しいと思う女性に、別の男が近くに寄り添っていたら、誰だって気分の良いものじゃない。
アスランのことを、大人びた冷静で思慮深い王子だと、皆は口を揃えるけれど、アレックスには彼が傷つきやすい繊細な人間に思えた。
ある意味、とても人間らしいとも。
一国の王子が、ただの護衛に、あそこまで嫉妬心を剥き出しにしたのだから。

(そう、ただの護衛である、俺なんかに・・)

初めから、勝負なんてしようとも思わない。
彼らとは、住む世界が、立つ土俵が違うのだから。
ただの護衛。
アスランに蔑むように投げかけられた台詞はしかし、心のなかで何度もアレックス自身が呟いてきた台詞でもあった。
カガリは気さくな性格で、召使や使用人に対しても分け隔てなく接する。
だから、己を律していないと、つい勘違いしてしまう。
愚かで身の程知らずな希望を抱いてしまいそうになる。
だからアレックスは何度もその台詞を呟いて、胸に刻み込んできたのだ。
成就することのない想いは、決して外に出してはいけない。
望んではいけないのだと。
カガリにアスランの元へ向かうよう、背中を押したのも、カガリに仕える、いち使用人の身として、それが一番賢明な選択だったからだ。
主君の幸せを願う。
それは自分の心を殺してでも、一番に優先しなければいけないことだから。

(カガリ様はアスラン王子に大切に慈しまれて、幸せになるだろう・・)

カガリの幸せが自らの幸せだ。
もちろん自分が彼女を幸せにしたいなんて、そんな夢のまた夢のようなことは思わない。
アレックスは小さく息を吐いて、部屋に一番近い曲がり角を曲がった。
剣を磨いて、今日はもう休もうと思ったとき、ピタリとアレックスの足が止まった。
部屋の前に、人影があったからだ。
人影はアレックスに気が付くと、背筋を伸ばし、一歩足を踏み出してアレックスに近づいた。

「やあ、君はアレックス・ディノ君・・だね」

窓から差し込む月光に男の身体が照らされる。
長い黒髪に金色の目をした男だった。
悠然と微笑むその男から敵意は感じないが、アレックスは眼光を強めた。

「何故、私の名を・・?あなたは誰です?こんな時間に何故ここに・・」

「ああ失礼。私はギルバート・デュランダルといってね、プラントからの正式な使節団の長として、オーブに派遣されたんだ」

男が名乗った名前に、アレックスは僅かに目を見開いた。
それがプラントの宰相の名前だったからだ。
相手を威嚇するために、張り巡らした緊張の糸を慌てて解く。
アスラン王子といい、プラントの高位者は何故不意打ちの登場ばかりするのだろうか。

「到着されるのは、明日だと聞いておりますが・・」

「予定よりだいぶ早く着いてしまってね。先ほどキサカ殿にお会いしたよ。時間が時間なので正式な挨拶は、明朝ということだけどね」

デュランダルの正体は分かった。
だけどプラントの宰相である彼が何故、自分の部屋の前にいるのだろうと、アレックスはますます訝しんだ。
まるで自分を待っていたかのように。
それもこんな真夜中に。

「私に・・何か御用でしょうか?」

「君と少し話がしたくてね。ずっと探していたんだよ。良かったら、少し時間を貰えないかな」



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