藍色の秘密





一瞬だった。

(柔らかい・・)

カガリがそう思ったときには、もうアスランの唇は離されていた。
だけどすぐにまた口づけられる。

(あ・・)

今度は長かった。
アスランはカガリの唇の柔らかさと温かさを味わっているようだった。
カガリもうっとりと甘い口づけ酔っていたけれど。

(駄目だ・・苦しい・・)

今まで口づけの経験なんて無かったカガリは、呼吸の仕方が分からない。
唇が触れ合っている間ずっと息を止めていたけれど、限界がきてしまった。

「はっ・・」

顔を引いて口づけを解き、息を吸ったカガリだったが。

「ふっ・・・うん・・」

すぐにまた、アスランに唇を押し当てられてしまった。
それだけなら、良かったのだが。

「う・・っ?」

咥内に熱く滑ったものが滑り込んできて、カガリは身を固くした。
意思を持ったような生き物のように咥内を蠢くそれが、アスランの舌だとはすぐに理解できなかった。

(何だ、これ・・どうして舌なんかっ・・)

驚いて身体を揺すっても、アスランにしっかりと抱きこめられて、逃げ出せない。

「ん・・んう・・」

けれどもアスランの動きは、その熱さに反して、優しく穏やかだったで、ゆっくりとカガリの咥内を撫でる舌を、カガリはいつのまにか受け入れていた。

(気持ちいい・・・)

ぼんやりとそう思ったとき、くらりと平衡感覚を失って、気が付いたらソファに倒されていた。

「んうっ・・?!」

一体何が起きたのか。
それを確かめたいのに、アスランは口づけを解いてはくれなかった。
それどころか激しさを増していって、カガリはもうどうしたらいいか分からない。
止まらない熱い口づけに、いよいよ耐えられなくなったとき、ようやくアスランはカガリの唇を解放した。

「はっ・・あ・・」

やっと呼吸ができるようになって、カガリは酸素を取り込もうとしたのだが。

「ひゃっ・・?!」

アスランの舌が今度は首筋を這って、思わず悲鳴を上げてしまった。

「アスラ・・ン・・!ちょっ・・何っ・・」

「うん・・ごめん、だけど、少しだけだから」

「少しって・・ひっ・・!」

首筋を這っているアスランの舌の感触に身を縮こませていたカガリだったが、急に感じた鈍い痛みに、小さく悲鳴を上げてしまった。
それでもアスランは顔を上げることなく、唇を降下させていく。
カガリが身に纏っているドレスは大きく胸元が開いているデザインで、アスランは剥き出しになっている鎖骨の窪みを舐め上げた。

(嫌だ・・怖い・・)

夢中で自分の肌を味わうアスランに、カガリは恐怖を感じた。
アスランのことは好きだけれど、だからといって何でも受け入れることはできなかった。
一度恐怖を覚えてしまうと、あとはもう、ただ怖いとしか思えなくなって。

「やだっ・・アスラン!やだぁっ・・!」

カガリの悲鳴に、アスランは我に返ったように顔を上げた。
眼下には涙を溜めた琥珀の瞳があって、アスランは激しく動揺した。

「カガリ・・ごめん!俺・・」

「嫌・・嫌だ・・」

アスランが慌てて身体を浮かすと、カガリは横向きに寝っころがり、アスランから身体を背けた。
ぶるぶると震える身体に、アスランは自らの失態に気が付いた。
嬉しさに我を忘れて、カガリを怯えさせてしまったことに。

「カガリ・・本当にごめん・・急にこんなこと・・」

ますます怯えさせないように、身体には触れないほうがいいとは思ったけれど、アスランは再びカガリを抱きしめた。
無意識に身体を触れ合わせたほうが、自分の真心が伝わると思ったからだろうか。

「カガリが結婚を承諾してくれたのが、嬉しくて・・だけど、ごめん。俺、先走りすきた」

「アスラン・・」

「カガリがいいって言ってくれるまで、待つよ。だからごめん、許してくれるか?」

「私のほうこそ・・すまない・・少し驚いただけなんだ・・」

アスランの体温に、怯えるような声に、カガリの恐怖もゆっくりと解けて、ゴシゴシと涙を拭った。

「ごめん・・泣かせてしまって」

涙を拭う手をアスランは、そっと掴んで、その甲に口付けた。

「あ・・」

「焦る必要なんてないのに、俺は馬鹿だな。カガリが俺の傍にいてくれるだけで幸せなのに」

「アスラン・・」

覗き込んでくるアスランの瞳は、こんなに綺麗だっただろうか。
カガリは深い緑色の瞳の美しさに、胸が詰まって何も言えなくなってしまう。
しばらく見つめ合っていた二人だったが、やがてアスランはカガリに優しく微笑みかけると身を起こした。

「部屋に戻った方がいい。送るよ」

カガリの私室へ向かう間、二人はずっと手をつないでいた。
恥ずかしさと少しの気まずさから、会話はなかったけれど、つないだ手からはアスランの想いが伝わってくれるような気がして、カガリは満たされていた。
切なくて、もどかしくて、どこか甘い気持ちで胸がいっぱいだった。

「じゃあ、おやすみ」

深夜の暗く長い廊下を通って、カガリの私室の前に着くと、アスランはドアの前でつないだ手を放し、微笑んだ。

「あ・・うん・・おやすみ」

このまま離れてしまうのが何だか名残惜しくて、カガリは俯いた。
明日も会えるというのに、どうしてこんなに寂しいのだろう。
だけど、いつまでもここで突っ立っているわけにもいかず、カガリはアスランに背を向けようとしたのだが。

「カガリ・・」

不意にアスランに優しく抱きしめられた。

「カガリ、有難う・・」

アスランの声は、穏やかで落ち着いていたけれど、その静かな声には抑えきれない喜びが確かに滲んでいて。

(アスラン・・)

彼は、自分が結婚を承諾したことに、こんなにも喜んでくれるのかと思うと、胸の奥に切ない何かがこみ上げてくる。
これを幸せといのだろうか。

(アスラン・・)

彼の想いに応えたいとカガリは思った。
ずっとずっと二人で生きていこう。
アスランとなら、支え合って、慈しみ合って、手を取り合って生きていける。
カガリは自らを抱きしめるアスランの背中にそっと腕を回した。
幼いときから仲の良かった二人は、今宵新たな関係に向けて歩みだしたのだった。








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