藍色の秘密




部屋に灯りをともすと、アスランはカガリをソファーに座らせ、自分もその向かいに腰を下ろした。
お互い言葉を発さず、何ともいえない空気が部屋に満ちるが、静寂を破ったのはアスランだった。

「さっきは、すまなかった」

「アスラン・・」

カガリが驚いて顔を上げると、視線を斜め下に向けているアスランは気まずそうな、ばつの悪そうな、それでいて悲しそうな、何ともいえない顔をしていた。

「・・・あんなことを言って」

「うん・・アレックスにもそう言ってくれ」

「・・・」

カガリがそう言うと、アスランはますます瞳を伏せた。
再び部屋に静寂が満ちる。
この気まずい空気も、苦しそうなアスランも、全てが居たたまれなくって、今度はカガリがそれを破った。

「大丈夫かよ?!お前」

「え・・」

カガリの声に、アスランはやっと顔をあげた。

「この世の終わりみたいな暗い顔して!」

ぼんやりとカガリの顔を見つめてから、アスランは自嘲するように呟いた。

「いや・・自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれてるだけだ」

「え?」

「君も幻滅しただろう、俺のこと嫌いになった?」

嫉妬など醜い感情は、カガリにだけは絶対見せたくなかったアスランだったのに、あんなに露骨に出してしまったのだ。
どうして耐えることができなかったのだろうと、アスランは自分の不甲斐なさを責め続けていた。
そんなアスランに、一呼吸おいてから、カガリははっきりと言った。

「確かにお前の言うとおり、お前は馬鹿だよ」

自分で自分は馬鹿だと言ったくせに、カガリからそう言われると応えたのだろう。
アスランはあからさまに傷ついた顔をした。
それを見て、本当に困った奴だとカガリは思う。
はあっと溜息をついて、呆れたように言った。

「だからって嫌いになるわけないだろう!ただ危なっかしくて心配なんだ」

「カガリ・・」

「お前はすごく優秀だけど、私から見ればすごく不安定で危なっかしいんだ。ザフトを卒業しても、変わらないな」

カガリの言葉にアスランは胸がじんわりと温かくなった。
褒められているのではない、むしろ苦言なのだが、それは確かにアスランとカガリの間には特別な絆がなければ出てこない言葉だと思ったからだ。
自分は優秀だと、次代のプラント王にふさわしい人間だと言われ続けていたのに。

(カガリには、そう見えるのか・・)

不安定で危なっかしいなど、カガリ以外の他の誰にも言われたことなどない。
だからカガリにしか見せない自分があるのなら、自分も見たいと思った。
自分にしか見せないカガリを。
そう思うと、ささくれて傷ついていた心も、穏やかになっていった。

「もっと成長して帰ってくるはずだったんだけどな」

「え?」

アスランが急に脈絡のないことを言い出したので、カガリが首を傾げた。

「ザフトに入る前、オーブの花祭りの夜、カガリにそう言ったんだ。覚えているか?」

カガリの幼い仕草に、アスランは微笑んだ。
二年ぶりに見るカガリは、身体の線も柔らかく滑らかになって、随分女の子らしくなったが、こういった仕草は昔のままだった。
それがどうしようもなく愛しい。
二年前と変わらない想い、いや二年前よりももっと深くなっていた想いだった。

「君を守る為にって。覚えていないか?」

「あ・・」

頭のなかに花祭りの夜が蘇ってきて、カガリの瞳が揺れた。
闇夜に浮かび上がる満開の桜、空に浮かびあがる月を映した水面。
その上を滑る船上で、アスランと語った夜のことを。

「そう言ったんだよ」

アスランはソファーから立ち上がると、カガリの前までやってきて、その身体を抱きしめた。

「こうして」

「あ・・」

急にアスランの身体を感じて、カガリは息を止めた。
その身体は、記憶の中にある彼のものより、ずっと逞しかった。

「君が好きだ」

耳元で囁かれて、カガリの身体がピクリと跳ねた。
アスランはゆっくりと腕を緩め、カガリとの間に距離をあけると、その華奢な肩に手を置いて、カガリを真っ直ぐに見つめた。

「明後日、プラントの使節団がオーブに到着する。プラントの皇太子であるアスラン・ザラから、アスハの当主の君に結婚を申し込む書簡を持って」







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