藍色の秘密
怖いというよりも、動揺の方が大きくて、カガリは呆然と立ち尽くしていた。
怒ったアスランを見たのは、初めてだった。
アスランはいつも自分に優しかったから。
心配性で世話焼きな彼は、カガリを窘めたり、小言を言うことはあっても、怒声を浴びせることは今まで決してなかった。
(あんなアスラン、初めてだ・・)
カガリは胸に当てた手を握りしめた。
ただただ戸惑いばかりが大きくて、アレックスに暴言を吐いたアスランへの怒りも今はどこかに行ってしまっていた。
(どうしよう・・どうしよう)
子供のときから彼を知っているカガリだったが、あんなアスランは知らなかった。
あんなにも感情を剥き出しにするアスランなど。
だからカガリは、対処の仕方が分からなかった。
そもそもどうしてアスランが怒ったのか、その理由すら分からないのだ。
(アスラン・・すごく怒ってた・・でも・・)
その瞳は悲しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。
そう思うと、カガリの胸は何かに突き刺されてしまったように痛んだ。
悲しそうなアスランは見たくなかった。
昔からアスランはお転婆なカガリの世話を焼いていて、二人の関係はアスランが優位に立っているように見えるが、自分の内に閉じこもってしまいがちなアスランを、カガリはいつも心配していた。
今回も、そうだ。
内に秘めた悲しみを、アスランは隠そうとしている。たとえ二年会わなくても、ザフトを卒業しても、アスランの本質は変わっていないのだ。
だけど、どうしてアスランはあんなにも怒ったのだろう。
アレックスに対する理不尽な罵倒も、彼らしくなかった。
(分からない・・アスランが・・でも、悲しそうなアスランは嫌だ)
「カガリ様」
不意に名前を呼ばれて、カガリは顔を上げると、いつのまにか立ち上がっていたアレックスが、静かに自分を見つめていた。
「アレックス・・」
「私のせいで、アスラン王子と仲たがいを・・申し訳ありません」
アレックスが深く詫びるように瞳を伏せた。
月明かりに照らされた美しく整った顔に、長い睫の影が落ちる。
「いや・・アレックスは悪くない・・アスランが、おかしかったんだ・・でも、どうしてあんな・・」
「カガリ様は、アスラン王子のところへ行かれた方がいいのでは…?」
「アスランの・・?」
驚いて目を見開いたカガリを、アレックスは労わるような顔で見つめた。
「はい。お二人は、ちゃんと話し合われるべきです。今の状態を長く引きずってはいけません。わだかまりは、早く無くしたほうがいいです」
そう言ってアレックスは、形の良い唇に穏やかな曲線を描いた。
背中を押す様な、優しく励ますような微笑だった。
「カガリ様は、アスラン王子を心配されているのでしょう。でしたら、早く」
「・・・っ」
優しく穏やかに促すアレックスをしばらく見つめて、やがて決心したように頷くと、カガリは踵を返した。
そうして一人取り残されたアレックスは、カガリの後ろ姿が消えても、しばらくそこに佇んていた。
アスランのいる客間のドアを、カガリはノックした。
部屋のなかには灯りがついていなかったが、カガリはアスランが起きていると確信していた。
アスランのことだ、真っ暗な部屋のなか、一人蹲って、悶々と考え事をしているのだろう。
シンと静まり返った廊下に、乾いた音が響く。
「アスラン・・起きてるか?」
「カガリっ・・?」
声を掛ければ、中から驚いたようなアスランの声がして、すぐに扉が開いた。
「どうしたんだ、部屋に戻ったんじゃないのか・・」
アスランの顔も声も、疲れたように重く沈んでいた。
「いや・・その・・」
色々と話したいことや聞きたいことがあるのに、いざアスランを前にすると、カガリは何も言えなくなってしまった。
「用があるんだろう。入って」
アスランは俯いてしまったカガリをしばらく困ったように見つめていたが、ふうと小さく息を吐くと、部屋の中に誘った。
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