藍色の秘密








パーティーは盛り上がり、お開きになったのは日付が変わるころだった。

「気持ちい~い」

冷たい夜風が、アルコールで火照った身体を、冷ましてくれる。
その心地よさにカガリは目を細めた。
ここはアスハ邸の中庭だった。
花壇の脇にある椅子に、二人並んで座っている。
パーティーがお開きになったあと、部屋に戻る前に外に出ようとアスランがカガリを促したのだった。
空には明るい月と、満天の星。
深夜の中庭に訪れる者はなく、また人目につきにくい場所だということもあり、世界には自分たち二人しか存在しないのではないかという気がしてしまうくらいだった。
そんな不思議な思いが、アスランの背中を押してくれる。
しんと静まり返った中庭も、美しい夜空も、冷たい風も、自分を取り巻く全てが、自分の味方のようにアスランは感じた。

(どうしてだろう)

さっきまではあんなに緊張していたのに、今は穏やかな海のように落ち着いていた。
もちろん緊張はしていたが、それは先ほどの我を見失いそうな危ういものではなく、静かな緊張だった。

(腹を据えたということだろうか・・)

カガリを中庭に連れ出したのには、ただ雑談がしたかったからじゃない。
アスランはポケットに手を差し込み、固い箱の感触を確かめる。
そうすると、決意が固まった。

「カガリ」

「何だ、アスラン」

カガリは顔をアスランの方へ向けた。
その顔は、無邪気そのもので。
純粋に、いつもの雑談が始まるのだと思っているのだろう。
暗闇のなか、琥珀色の瞳がきらめきを放っている。

(俺がこれを告げたら、君はどういう顔をするだろう)

そんなことを思いながら、アスランは口を開いた。

「カガリ、俺は・・」

そのとき、カサ・・と草を芝生を踏む音がした。

「アレックス!」

アスランとカガリが振り向くと、月を背にしてアレックスが立っていた。

「申し訳ありません。お二人がいらっしゃるとは思わなくて・・」

「いいんだ!お前、厩舎からの帰りか?」

心底申し訳なさそうに頭を下げるアレックスに、カガリがあっけらかんと答えたが。
その隣に座るアスランの心境は、そんなものでは済まされなかった。
ずっと胸で温めてきた大切な思いを言葉に、形にしようとしたのに。
全身が炎のような怒りで煮えたぎっていた。

(コイツ・・よくも・・よくも・・)

カガリの親愛を得て、ただでさえ気に入らないのに、よりにもよって、自分の邪魔をするなど。
得体のしれない、自分そっくりの男を、アスランは刺すような眼差しで見つめていた。
しかし、カガリはそれに気が付かない。

「もしかして、ルージュの調子が良くないのか?」

ルージュとは、カガリの愛馬の名だ。

「はい・・朝から何も口にせず・・しかし、先ほど眠りについたので、朝には良くなっているかと。ただの疲れでしょう」

「心配だ。今から見に行きたい。アレックス、いいか?」

カガリは愛馬の身を案じ眉根を寄せると、ベンチから立ち上がった。
そんなカガリを、アスランは信じられない思いで見つめた。

「ちょっ・・待てカガリ!話が・・」

「明日にしてくれ!アスラン」

「カガリ・・!」

カガリはアスランが自分に何を告げようとしたかなど、知る由もない。
それは分かっているはずなのに、アスランの中で何かが弾けた。
ずっ我慢してきた、負の感情が溢れ出る。
けれど怒りと憤りの矛先はカガリではなく、嫉妬と相まって、目の前で跪く男に向かった。

「君は一体何様のつもりだ」

「アスラン・・?」

暗く鋭い声に、カガリは振り返り、アレックスは顔をあげた。

「カガリの身の回りのことは何でもやりたいのか?馬の世話は厩務係に任せるべきだろう。君はただの護衛なんだ。分をわきまえた方がいいんじゃないか」

椅子に腰かけたまま、アスランは槍のような鋭い視線をアレックスに送る。
アレックスは一瞬、アスランが何を言っているのか理解できなかったが、すぐに頭を深く下げた。
もとから色白のその顔は蒼白になっていた。

「出過ぎた真似を致しました。申し訳ありま・・」

「アレックス!謝る必要なんてないぞ!」

カガリはレックスの言葉を遮り、アスランを強く睨み付けた。

「アスラン!お前なんてことを言うんだ!」

「彼がなにか勘違いする前に、現実を教えてやっただけだ。むしろ感謝してくれないか」

「現実って・・」

カガリを軽く一瞥すると、アスランは立ち上がり、再びアレックスを見下ろした。
下賤な者を見るような見下すような目だった。

「彼はただの護衛のくせに、君の近くに入り込み過ぎている」

「アレックスはただの護衛じゃない!ずっと私を支えてくれているんだ!」

「それがおかしいんだ。護衛なら護衛の仕事をきっちりこなすことだけを考えろ。カガリの心の内に入り込むなど、身の程知らずにも程がある」

「それの何がいけない!!お前だってイザークやディアッカたちのこと、ただの家来って思ってるのか?!違うだろう?!」

カガリの怒声に、アスランは拳を握りしめた。

「ああ!!全然違うさっ!!」

その答えはしかし、カガリへの答えではなかった。
自分の内で煮えたぎる憤りへの答えだ。
カガリは根本的なことが分かっていない。
そう、違う。
訳が違うのだ。
主従の間柄以上の信頼関係をアスランとイザークたちが結ぶのと、アレックスとカガリが結ぶのとでは。
何故なら。

(俺とイザークたちは、同性だ・・!!)

だけどカガリとアレックスは男と女。
自分以外の男と、深い親愛を持たれて、見過ごせるはずがない。

「君はアスハの当主だろう!もっと下々の者との付き合い方を考えろっ!!」

怒りの矛先はアレックスに向いていた筈なのに、いつのまにか暴走してカガリにも牙を向き、アスランはカガリを怒鳴りつけると、踵を返した。





.
32/77ページ
スキ