藍色の秘密


昔からカガリは、相手が誰であっても分け隔てなく接する。
アスハの姫としての立場から考えると必ずしも良しとはいえないところではあるが、それはカガリの美点でもあるとアスランはずっと思っていたのだが。







「予定よりも早く伺ってしまい、申し訳ありませんでした」

アスハ邸の政務室で、アスランはキサカにすまなそうに頭を下げた。
庭園でカガリと再会した後、実質的にアスハを取り仕切っているキサカの元にやってきたのだ。
部屋にはアスランとキサカの二人だけだったが、二人は旧知の間柄であるので、堅苦しい雰囲気はなかった。

「いえ、いいんですよ、アスラン王子。でもまさか、お一人で馬を駆って来られるとは・・」

「ああ・・」

正式な出立日を待ちきれずに、アスランが一人でオーブに訪れてしまった理由をキサカは知っている。
アスランは照れと気まずさから、視線を下に向けた。

「それにしても、本当に立派に成長なされた」

心からそう思っているというようなキサカの言葉に、アスランは再び顔を上げると、感慨深そうな顔をしたキサカと目が合った。

「二年ぶりのオーブはいかがですか。ウズミ様が亡くなって、今はサハク家の当主であるホムラ様がオーブの代表を務めていますが」

「はい、確かにウズミ様のことはありましたが、依然と変わらず、豊で美しい国だと感じました。農村地帯は整備されて、都も賑やかでよく栄えておりました」

「プラントも人口がここ数年で増えて、開拓が進んでいるとか」

「あ・・はい・・」

アスランは、小さく頷いた。
ここ数年でのプラントの急激な人口増加。
それによって今、プラント王宮には、微妙な空気が流れている。
交友国であるオーブをはじめ、他の近隣諸国にはまだ感づかれてはいない程度の不協和音なのだが、そのことを思うと、アスランは少し気が重くなるのだ。

「うちのカガリには、もうお会いしたとか」

「あっ・・はい」

プラントの問題で心に湧き出た黒いモヤモヤは、カガリの話題で簡単に消し飛んでしまった。

「書簡でもお伝えしましたが、例の話、オーブも喜んで承諾致しますよ」

「有難うございます。三日後には正式なプラントの使節団が到着します」

「カガリも喜ぶでしょう」

キサカの言葉にアスランは微笑んだ。
そっとポケットに手を触れ、固い感触を確かめる。

(カガリも・・喜んでくれるだろうか・・)

胸が甘く温かい想いでいっぱいになる。
しかし、ふいに先ほどの出来事が頭に蘇った。
剣で自分をけん制してきた、カガリの護衛。
自分にそっくりな、あの男。
カガリは無条件に、アレックスを慕っているように思えた。
もちろん、あのカガリのことだ、恋愛感情を持っているわけではない。
持っているわけでは、ないのだけれど。

(何で、あんな・・)

二人の間には友愛とも違う、もっと深い絆があるように思えた。
それが自分のいない二年間で築かれたものだと思うと、抜け駆けのように感じて、ますます気分が悪くなってしまう。

(ただの護衛のくせに・・)

沸き立つ黒く熱い感情に支配されそうになったとき、コンコンと扉が叩かれた。

「入ってくれ」

扉の外にいたのは、今まさにアスランの苛立ちの矛先である、アレックスだった。

「申し訳ありません、アスラン王子がいらっしゃるとは思っていなかったものですから・・」

アレックスは部屋のなかにアスランの姿を見とめると、再び扉を閉め一旦退出しようとしたが、それをキサカが手で制した。

「構わないよ。アスラン王子とは旧知の仲だ。どうした、アレックス」

「頼まれていた資料をお持ちしました」

キサカの言葉にアレックスは部屋に入ると、キサカに分厚い紙の束を渡した。
その間、アスランはずっとアレックスに視線を投げていたが、アレックスは一度もアスランの方を見ようとしなかった。
ただの護衛が理由もなく、一国の王子に視線を向けるのは、大変無礼な行為なのだから、それは当たり前のことなのだが、アスランにはそれが彼の後ろめたさからきているような気がした。
アレックスは先ほど、アスランに刃を向けるという、とんでもなく無礼な行為をした。
しかし、きっとそれだけではない。
彼は、自分がカガリと親密だから、後ろめたいのだ。

(俺がカガリのことを想っているのを、気づいているから・・)

そう思うと、アスランはどうしようもない程の苛立ちと怒りを覚えた。

「あ、そういえば明日はカガリの誕生パーティーなんです。アスハ邸内での本当に内輪な会ですが、是非アスラン王子にカガリのエスコート役をお願いしたい」

「それは、そちらの・・アレックス殿の役目だと伺いましたが?」

キサカの申し出に、普段のアスランだったらすぐに喜んで応じたのだが、喉から出たのは冷たく無機質な声だった。
アレックスの名を口に出すと同時に、顎でしゃくって彼を指す。
初めて見ると言っていい、高慢で嫌味なアスランの態度に、キサカは驚いたが顔には出さず、再度アスランに申し出た。

「最初にアレックスを指名したのは、アスハ邸に他に適任者がいなかったからです。ですがアスラン王子にご参加頂けるなら、それはもう、是非あなた様にお願いしたいのですが」

「しかし・・それは悪いだろう。君だって楽しみにしていたんじゃないのか」

嫌な笑みを浮かべながらキサカに返答すると、アスランは視線をアレックスに向けた。
その冷ややかな瞳を見た瞬間、アスランの心の内を悟り、アレックスは頭を低くした。

「いえ・・私がカガリ様のエスコート役など、内輪な催しとはいえ、畏れ多いことにございます」

「そうか?君は随分カガリと親しいみたいだけど」

アスランは、驚いたように目を見開いたが、その仕草は白々しいくらいにわざとらしかった。

「カガリ様の身辺に気を配るため、恐れ多くも必然的にお傍にいることが多く、周囲の方々からはそう見えるかもしれませんが、決して親しいなどということは・・」

頭を下げたまま弁明するアレックスの姿に、アスランは満足し、その優越感から嫉妬心もいくぶん薄らいでいく。

「そうだな、失礼。君はただの護衛だもんな」

小馬鹿にしたようにそう言って、呆然とするキサカに再び視線を戻すと、完璧に整った美しい笑みを浮かべた。

「キサカ殿。カガリのエスコート役、承りましょう」








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