藍色の秘密






アスランは身動きできずに、立ち尽くしていた。
状況が理解できなかった。
いや、恐らくカガリの護衛に、自分はアスハ邸に無断で入ってきた不審者だと思われているとのだろうと察しはついた。
アスハ邸に昔から仕えるものは皆、アスランの顔を知っているはずなのだが、この護衛は新入りなのだろうか。
しかしアスランの頭を真っ白にしているのはそのことが原因ではなかった。

(全く、気配がしなかった・・)

背中に剣を当てられるまで、背後に何者かが回り込んできたことに、アスランは全く気が付かなかったのだ。
確かにカガリとの二年ぶりの再会に浮足立ってはいたが、それを差し引いたとしても、アスランが背後に立つ人の気配に気が付かないなど、あり得ないことだった。

「何故ここにいる。お前は何者だ。答えろ」

背後から聞こえてくる冷たく鋭い声に、アスランは身を固くした。
それと同時に、何か奇妙な感覚を覚える。
この声を、どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。
しかし、そのことに考えを巡らす余裕はなかった。

「質問に答えられないのなら、容赦はしないぞ」

その言葉通り、くっと洋服越しに剣が食い込んだ。

「俺は・・」

「アスラン?!アスランじゃないか!」

アスランが口を開きかけたとき、庭の中央にいたカガリがこちらに視線を向けた。
カガリの素っ頓狂な声に、周囲に張りつめていた緊張が一気に解ける。

「お前どうしてここに?!来るのはもう少し先だったんじゃ・・」

パタパタと庭の入口まで駆けてきて、息を切らしたまま、カガリは目を丸くしてアスランを凝視した。
二年前と全く変わらないその仕草を、けれどアスランは懐かしむ気にはなれなかった。

「あ・・ああ・・」

二年ぶりの再会の場面で、護衛に剣を突きつけられているなんて、こんな情けないことがあるだろうか。
アスランは羞恥と気まずさで、カガリの顔を直視できず、視線をそらして頷いた。

「アレックス。コイツはプラントの王子、アスランだ。お前も知っているだろう。怪しい奴じゃない」

「っ・・」

カガリの言葉に背後の護衛は驚いたようだった。
小さく息を呑む音が空気の振動としてアスランに伝わった。

「これは・・プラントの皇太子に何という失礼を。大変申し訳ありません・・!」

護衛はアスランから剣を下ろすと、すぐに跪いた。
他国の王族、しかも王子に剣を向けるなど、いかなる理由があっても許されないことだ。
剣から解放されたアスランが後ろを向くと、膝まずき頭を垂れた男の顔は、濃紺の髪で隠されている。

「あ・・」

「アスラン!アレックスは私の護衛として当然のことをしただけだ。お前がザフトに入隊してからここにきたからお前の顔を知らなかったし、第一、連絡も寄越さず急に現れたお前も悪いんだぞ」

「ああ・・そうだな。カガリの言うとおりだ。今のことは連絡も無しにアスハ邸に来た、俺の落ち度だ。どうか顔を上げてくれ」

アスランは努めて柔らかく言ったが、心の内では目の前で跪く男に悪態の一つもつけたい気分だった。
折角のカガリとの再会を、よくも。
だけどそれは逆恨みだということもよく分かっていたので、ともすれば固くなってしまう声と態度を押し隠したのだが。

「アレックス。気にしなくていいから、立ち上がれよ。アスランもそう言っている」

カガリの声におずおずと護衛は顔を上げた。
その顔を見た瞬間、アスランの息が止まった。
目の前で跪いていた護衛の顔が、自分に瓜二つだったのだ。
こんなに、こんなにも、自分と同じ顔形を持つ者がいるのだろうか。
アスランは息を詰めて、目の前の男を見下ろしていた。
アレックスと呼ばれた護衛は、まるで鏡に映った自分と見紛うくらい、アスランにそっくりだった。
驚いたのは、アスランだけではなかった。
アレックスと呼ばれた護衛も、目を見開いてアスランを凝視している。

「感動の対面だろう?」

時間が止まったかのように硬直する二人に、カガリは満足そうだった。

「こんなそっくりな人間、普通いないだろう?私も最初びっくりしたんだぞ」

楽しそうなカガリだったが、アスランもアレックスも同調して砕けた雰囲気を作ることはできなかった。
互いに見てはいけないものを見てしまったかのような、そんな気さえする。

「お・・おい・・!驚きすぎだぞ、お前ら」

微動だにしない二人に、さすがに心配になったカガリが焦り始めると、やっと二人は止めていた息を吐いた。

「ああ・・すまない・・」

アスランはカガリに謝ると、再びアレックスを見下ろした。

「君も驚かしてすまなかった。俺はこれからカガリと少し話がしたいんだが、いいだろうか」

「あ・・はい・・」

アレックスは跪いたまま頭を下げると、大人しくその場を離れた。







これが、アスランとアレックスの出会いだった。









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