藍色の秘密
「デュランダル!!手筈は整っているか?」
ザフトの士官学校を卒業したアスランは城に帰還し、必要最低限の仕事と用事を済ませると、宰相であるデュランダルの元へ向かった。
「はい。明後日には出発できるかと」
「遅いな。そんなに待てない。俺は先に行く」
「王子っ」
驚くデュランダルが何か言う前に、アスランはデュランダルの政務室を飛び出した。
その風のような速さと、思慮深いアスランらしからぬ大胆な行動に、政務室に残された者たちは呆気に取られた。
「全く・・王子には困ったものだな」
デュランダルが苦笑すると、側近のクルーゼが取り繕うに言った。
「普段は冷静沈着な王子ですが、たまに驚くほど大胆なことをするお方ですからね。まあ、それだけ早くオーブの姫に会いたいのでしょう」
「オーブの姫・・か」
万年筆を手の上で転がしながら、デュランダルが呟いた。
「今度のオーブ訪問は、プラントの運命を大きく変えることになるかもしれない。上手くことは進んでいるだろうね?」
「はい。それは、ぬかりなく」
仮面をかぶっていて表情がよく分からないクルーゼだが、その口元は綺麗な弧を描いていており、デュランダルは満足そうに頷いた。
「早く会いたいよ、彼に」
早くカガリに会いたい。
街道を一頭の上等な赤毛の馬が、砂埃をあげて疾走していた。
ディゼンベルからオーブまでは、馬で大体5日程。
馬車で向かったところで大した違いはないのだが、あと二日もプラントの王宮で過ごすのは我慢できなかった。
幸い、オーブまでの道のりは治安も良く、街頭もちゃんと整備されている。
プラントの王子である自分が一人馬を駆っていても、そんなに問題はなかった。
(それに・・)
ザフトの士官学校を主席で卒業したことは、確かにアスランのなかで自信になっていた。
それは自惚れや自尊心を満たすようなものではなく、自分や大切な人を守ることができるという、自分の根底を支えるような確固とした自信だった。
(カガリ・・!)
大切な人。
その言葉で浮かんでくるのは、たった一人だ。
(早く・・会いたい)
会うのは実に、二年ぶりだ。
この二年の間、カガリはどんな風に過ごしていたのだろう。
どんな風に成長しているだろう。
二年前の花祭りの夜にカガリを抱きしめたときの感触が腕に蘇る。
(会いたい・・カガリ)
綺麗な琥珀の瞳や、輝くような金髪を早く見たかった。
早くアスランと名前を呼んでもらいたかった。
そして、その時には・・。
アスランは手綱を掴んでいた右手を離すと、そっと上着のポケットに触れた。
確かに感じる、固い感触。
その感触に微笑んで、再び馬の腹を蹴って速度をあげ、オーブへと向かった。
「アスラン王子・・!」
予定より三日早い、しかも供も連れずに単独でのプラントの王子の来訪に、アスハ邸の門番は驚いた。
「オーブ訪国は三日後のはずでは・・」
「プラントの正式な使節団はな。ただ、私はもっと早くオーブに向かいたくて・・」
目を見開いて尋ねてくる顔見知りの門番に、アスランは自分の無鉄砲な行動が若干恥ずかしくなり、目を逸らしながら答えた。
「確かに常識を逸脱してはいるが、プラントとオーブは友好国だし・・そんなに問題じゃないだろう。・・そんなことより、カガリはいるか?」
「姫様なら、多分庭に・・」
「そうか。有難う」
「アスラン王子・・!」
門番の声を背に、アスランはアスハ邸の門を潜ると、一直線に庭へと向かった。
アスハ邸の構造は、知り尽くしている。
何度も来たことがあるのだから。
(変わっていないな・・)
二年ぶりのアスハ邸に感慨深いものを感じながら、アスランは白い館の中庭へと足を踏み入れ、そこで見つけた。
(カガリ・・)
愛しい少女。
二年ぶりのカガリに愛しさと、胸が震えるような歓喜がこみ上げてくる。
大人っぽくなった。
二年前より、背が高くなってほっそりとした気がする。
だけど、太陽の光を跳ね返す綺麗な金髪は変わっていない。
(カガリ…君に会いたかった)
カガリは木の影で隠れているアスランに気が付かないまま、庭の中央で花を摘んでいる。
「カガ・・」
アスランの記憶の中のカガリより、少し大人っぽくなった少女に、声を掛けようとしたときだった。
「誰だ」
低い声と共に、アスランの背中にピタリと固いものが押し当てられた。
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