藍色の秘密



(アレックス殿は姫のこと、正直どう思っているんですか?)





言えない。
言えるはずもない。

胸の奥の奥、頑丈な檻の中に閉じ込めた想いは。











物心ついたときから、アレックスにとって世界は忌むべきものだった。

赤ん坊のころ、孤児院の前で捨てられていたアレックスに、両親や家族に繋がるものは何一つなく、そのまま孤児院に引き取られ、そこで育った。
周りには自分と同じように親もいない、身よりもない子供たちばかりだったがのだが、互いの境遇に憐れんだり分かり合ったりすることもなく、アレックスは一人だった。
元来の性格か、それとも自分の境遇のせいか、アレックスは周りに壁を作り、人を寄せ付けず、内に閉じこもってしまう子供だった。
まわりに打ち解けず、いつも一人でいるアレックスは、他の孤児たちにとって、絶好の憂さ晴らしの的になり、酷いいじめを受けることになった。
世の中への負の感情を抱えた子供たちのいじめはかなり悪質だったのだが、国からの援助金がもらえれば、それで良かった孤児院の大人たちはそれを黙認していた。
殴る蹴る等の暴力や、朝夕に支給される食事を取られたり、数少ない洋服をボロボロに裂かれているのは日常茶飯事で、それでもアレックスは何も言わず、ただただ耐えるだけの毎日を過ごした。
アレックスはもう全てがどうでも良かったのだ。
生きていても、死んでも、どっちでもいいとさえ思っていて、生への執着の無い彼にとって、嫌がらせへ抵抗することは、ひどく無駄な行為に思えたからだ。
そんなアレックスは、他の孤児たちにとって、ますます異端な存在に見え、彼らの残虐性を刺激したのだが、孤児たちがアレックスに執拗ないじめをする理由はそれだけではなかった。
濃紺の柔らかい髪に、深い翡翠色の瞳、そして整った端正な顔立ち。
見とれてしまうほどの容姿と、ボロを纏っていてもどこか気品を感じさせる彼に、孤児たちは劣等感を覚え、それが更に嫌がらせを加速させる結果になったのだ。
そしてその類まれな美しさが、アレックスを更に闇のどん底に突き落とすことになる。

八歳になったある日、アレックスは娼館を経営する男に買われた。
孤児院にいる子供を物色しにきた男に、目を付けられたのだが、娼館での生活は、地獄だった。
男専用の娼館だったのだが、初めて客を取らされた日は、痛みと嫌悪と気持ち悪さで、ベッドの上で嘔吐し、娼館の主人に鞭で何度も叩かれた。
何とか仕事をこなせるようになっても、胃の底から湧きあがってくる嫌悪感が消えることはなかった。
それでも人形のように美しい少年に客は絶えず、身請けを希望する客さえ大勢いた。
娼館の主人は稼ぎ頭のアレックスを手放そうとはしなかったが、ついにロゴスという凶悪な闇組織の頭から身請けの要望が来たときは、了承せずにはいられなかった。

(嫌だ・・)

全てがどうでもいいと思っていたはずだった。
それなのに、主人からその話を聞いたとき、アレックスははっきりとそう思った。
ロゴスのリーダーには、今まで何度も買われていた。

(あの気持ちの悪い男に、一生自分は・・・)

そう思ったら目の前が真っ暗になって、気が付いたら娼館から逃げ出していた。



何時間も歩いて、アレックスはオーブの王都までたどり着いた。
酷使し続けた足は悲鳴を上げ、全身が痛くって、アレックスは路地裏の段に座り込んだ。
黒い壁、汚れた道、よどんだ空気。
王都まで来ても、結局自分はこういう汚く暗い場所にいる。

(もう、逃げられないんだ・・)

暗い汚い世界からは。
死と今の場所はそう変わらない気がした。

(どうして俺の両親は、俺を川に投げ捨ててくれなかったんだろう・・)

アレックスは見たこともない両親を恨めしく思った。
そうすれば、こんな苦しい人生を歩まずに済んだのに。
どうして孤児院なんかの前に捨てたのだろう。

(捨てられるなら、殺された方が良かった・・)

ポタリと膝の上で握りしめていた手に水滴が落ちて、アレックスは自分が泣いているのに気が付いた。
今までどんなにいじめられても、娼館でも嘔吐はしたが、泣いたことはなかった。
涙はどんどん溢れ出て、アレックスの頬を伝って流れおちていく。

(そうか・・俺は)

全てを諦めたと思っていたけれど、本当は、心のどこかで諦め切れてはいなかった。
今を耐えれば、明るい未来があるのかもしれないと。
そんな小さな希望が胸の奥に灯っていた。

(だけど、そんなものは、なかったんだ・・)

やはり自分には、絶望のなかで生きていく未来しかないのだ。

(だったら・・もう・・)

いいじゃないか・・・。
アレックスは本当の意味で、人生を諦めた。
暗い路地裏で、涙が止まったら、永遠に眠ろうと決心した。














そんなときに出会ったのが、カガリだった。









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