藍色の秘密



秋にしては少し肌寒い夜だった。

その日、プラントの王宮は、大きな期待と少しの不安に包まれ、そこに居る者はみな今か今かとその時を待っていた。





「奥様っ!産まれましたよっ!男の子ですっ」

産婆と数人の女の召使しか立ち入ることのできない部屋に、元気のいい赤ん坊の泣き声と、明るい産婆の声が響いた。
恰幅のいい中年の産婆の手に抱かれているのは、まるで秋の夜空を写し取ったような藍色の髪をした男の赤ん坊。
プラント王家の跡取りの誕生に召使たちも喜びに沸いたのだが、産婆はすぐに母体の異変に気が付いた。

「奥様っ?!」

出産を終えたはずなのに、レノアは赤ん坊に反応することなく苦しそうに喘いでおり、その腹はいまだに張ったままだ。
その様子に産婆は「まさか」とある予感を胸に抱いたが、すぐにそれは確信に変わった。

「もう一度敷布とお湯を用意してっ!早く!」

産婆の指示に召使たちは訳が分からぬまま慌てて従い、そしてその数分後、再び大きな泣き声が部屋に響いた。







その光景を召使たちはただ呆然と見ていた。
先ほどまでの部屋を満たしていた明るい空気は既に無い。
藍色の髪の赤子が、産婆の腕に抱かれている。
そしてその足元に置かれた籠のなかにいるのも同じ藍色の髪をした赤子。

「双・・子」

静まり返った部屋に、召使の小さな呟きが響いた。
その言葉の通り、王妃の子供は双子だったのだ。
戸惑いと困惑が部屋に満ちる。

プラントでは双子は不吉なものとされ、もし産まれたのなら、後から産まれた赤子はすぐに殺さなければならないのだ。

「嫌で・・す」

どうしたらよいのか分からず、時がとまったような空間に弱々しい声が響いた。
双子の出産を終えたレノアが苦しそうに、それでも上半身を起こしたのだ。
赤子達と同じ濃紺の髪はぐちゃぐちゃで、汗で顔に張り付いているが、レノアは目は真っ直ぐで真剣だった。

「その子を・・殺すなんて・・・許しません。私がお腹を痛めて産んだ、可愛いわが子を・・殺すなんて・・」

「王妃様・・」

「お願い・・」

弱々しくも必死に懇願する様子に、産婆はたじろいだ。
数十年前、この赤子の母であるレノアが産まれた際、彼女を取り出したのもまた、この産婆だった。

「その子を・・助けて・・」

王妃レノアの懇願に、産婆はゆっくりと目を閉じると、頷いた。

「分かりました、王妃様」

赤子の母であるレノアと産婆、そして出産に立ち会った4人の召使たちはこの日、誰にも言ってはいけない秘密を共有した。










「男の子か!でかしたぞ、レノア!」

プラント王のパトリックは嬉しそうに赤子を抱き上げた。

「君に似て髪は藍色か。顔だちも君に似ているな・・ということは性格は私かな」

厳格な彼にしては珍しく、いかめしい顔を破綻させる夫を、少し疲れた顔で、けれど幸せそうにレノアは見つめている。
出産が終わり、待機していた男たちに入室が許され、パトリックとその側近たちが部屋に入ってきていた。

「駄目よ、パトリック。そんなに揺らしたら赤ちゃんがびっくりしてしまうわ」

「あっ・・ああ、そうだな・・つい。それにしても、本当によく頑張ってくれたな、お疲れ、レノア。そしてありがとう」

急に畏まってお礼を言うパトリックにレノアは穏やかに微笑んだ。
部屋が暖かな空気に包まれる。

「赤ちゃんの名前を付けなければね」

「そうだな、いくつか考えてはいたんだが・・アスラン。アスランはどうだ?」

「アスラン…アスラン・ザラ・・。暁という意味ね。いい名前だわ」

「だろう?よし、お前の名前はアスランだ。立派に成長するんだぞ、アスラン」

パトリックは抱いている我が子を再び高く持ち上げ、その衝撃で赤ん坊が閉じていた目を開ける。
その瞳は美しい翡翠色だった。

「瞳もレノア様に似ていますね」

側近の言葉にパトリックは満足気に頷いた。
赤ん坊は男であっても、美しい妻に似て欲しかったのだ。

「それにしてもこんな美しい赤ん坊、見たことありませんよ」

「本当にプラント中どこを探してもいないでしょうね」

側近たちの言葉にパトリックは口元を緩め、レノアは目を細めた。



それから数日、待望の皇太子、アスラン・ザラの誕生にプラント中が沸いたのだった。










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