藍色の秘密





オーブの初夏は早い。
春の穏やかさはすぐに、初夏の眩しい太陽に飲み込まれてしまう。
オーブの夏はうだるような暑さだが、カガリはさんさんと輝く太陽と真っ青な青空が好きだった。
五月に入って気温が上がってくると、あと一月もすれば訪れる初夏を思い、カガリの気分はひとりでに高揚してしまう。
アレックスがカガリの護衛の任についてから三度目の初夏が訪れようとしていた。

「アレックス!さっきの会見どうだった?」

「とても良かったですよ。練習した甲斐がありましたね」

「なら良かった!」

今日はオーブ建国300年を祝う式典が行われ、五大氏族であるアスハ家の代表として、カガリは会見に臨んでいた。
さすがのカガリも少し緊張していたらしく、会見が終わるとすぐに裏で控えていたアレックスの元に駆け寄って、緊張の疲れをほぐすように彼にじゃれついていた。

「でも少し早口でした。パーティーが終わったらまた特訓ですね。今月はカガリ様の誕生日があって、外に出ることも多いですから」

「誕生日パーティーくらい自由にやらせろよ。お前本当にスパルタなんだから!」

そう言ってアレックスを軽く睨み付けるカガリに、アレックスが苦笑する。
キサカは少し離れた場所から、そんな二人を見守っていた。

(ウズミ様は、ああ仰っていたが)

オーブの重鎮であるキサカの脳裏に、敬愛していた先代のアスハ代表の姿が浮かぶ。

(アレックスが、カガリの護衛で良かった)

何か胸騒ぎがすると、アレックスをこのままカガリの護衛に就かせておくと何か嫌な予感がすると言っていたウズミ。
しかし、あれから三年。
思慮深く聡明なアレックスは、護衛として、また時にカガリに一番近い者として、カガリをしかるべきオーブの姫へと的確に導いていた。
そこに不穏な影などどこにも見当たらない。
二人の間には、揺るぎない強固な信頼関係が築かれていた。






「カガリ様。そろそろパーティーが始まりますよ。会場に参りましょう」

「あ・・うん・・」

建国記念の式典も無事に終わり、ドレスに着替えたカガリは、アレックスに促され、式典後のパーティーが行われるホールへと向かった。
盛大で華やかなパーティーへ向かうカガリの足取りは、しかし重く、アレックスは苦笑する。

「カガリ様。会場ではそんな仏頂面しないで下さいね」

「分かっている」

カガリは昔からパーティーが嫌いだった。
というか、ドレスやヒールの高い靴などの、華やかな恰好をしなければならないのが嫌なのだ。
カガリにとってそれらは素敵な衣装ではなく、ただの動きにくい窮屈な恰好でしかなかった。

「カガリ、遅かったな」

パーティー会場の入り口では、キサカが待っていた。
オーブの重鎮であり、ウズミの公私ともによき理解者であるキサカが、今日のカガリのエスコート役なのだ。
アレックスはカガリをキサカに託そうとして、しかし再び引き寄せた。

「アレックス。何?」

「花が曲がっています」

斜めになっていたカガリの髪飾りを手早く直すと、アレックスは今度こそカガリをキサカに託した。

「ありがとう、アレックス」

「全く。カガリは・・。じゃあアレックス、パーティーが終わるまで待っていてくれ」

「はい」

会場に入ることが許されないアレックスは、ざわめく会場に入っていく二人の背中を見守った。
二人の姿がアレックスの視界から消えると同時に、会場内のホールから歓声が上がる。
オーブの姫の登場に会場が湧いたのだろう。



「アレックス、やる~!」

からからかう様な声に、アレックスは振り返った。

「え?」

「さりげなく、あんなにカガリ様に近づいて」

背後にはカガリの召使として、アレックスと同様ここまで付き従ってきた、アサギ、ジュリ、マユラの三人娘が含み笑いをしながらアレックスを見ていた。

「ああ・・花が曲がっていたものですから」

「だからって・・!ねえ~!」

カガリの召使いたちが、嬉しそうに騒ぐ訳がよく分からない。
というか、彼女たちのおしゃべりの内容の大半がアレックスにとって理解不能なものだった。
パーティーが終わり近くになるまで、アレックスたちは一旦王宮に戻るのだが、その帰り道でも、三人娘のおしゃべりは止まらなかった。
アスハ邸という戻る場所が同じアサギたちとアレックスが、帰路を共にするのは自然の流れだったが、口数の少ないアレックスが彼女たちから質問責めに会うのもまた自然の流れのようだった。


「でも姫と護衛の恋っていいですよね。まあ、カガリ様は姫って感じじゃないですけど」

「アレックス殿は姫のこと、正直どう思ってるんですか?」

明け透けな質問に、アレックスは苦笑した。

「どうって・・カガリ様は私の守るべき主ですが」

「そうじゃなくって!」

アレックスの返答に、アサギが声を上げる。

「でも、ついに今月じゃない?」

マユラが思い出したように、胸元で手を合わせた。

「何が?」

「アスラン様がザフトから戻られるの!」





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