藍色の秘密




「カガリ様、天候が思わしくありません。そろそろ屋敷に戻りましょう」

アレックスは気遣わしげに、じっと墓石の前に佇んでいるカガリに声を掛けた。
彼の言う通り、空は灰色の雲で覆われて、もうしばらくしたら雨が降るだろう。
湿気をふんだんに含んだ空気は、周りに生い茂る緑の香りを濃厚にしていた。
しかし、カガリはじっと墓石に刻まれた名前を見つめて動かない。
アレックスはそんな主人の様子に悲しそうに目を伏せた。
一か月前に急逝した彼女の父。
国を挙げて弔いをし、次のアスハの当主を選出したりと慌ただしい日が続き、カガリは私的にウズミの墓に足を運ぶことができずにいた。
段々と周りが落ち着いて、今日やっとウズミの元へ公的なアスハの姫としてでなく、ウズミの娘カガリとして、墓に訪れることができたのだ。
何をするでもない、一時間ほどじっと墓石を眺める彼女の姿は痛々しく危なげで、アレックスは見ているのが辛かった。

「カガリ様・・」

反応を示さない主人にもう一度声を掛ける。

「お父様・・」

墓石の前に佇んでから、ようやくカガリが声を発した。
そうすると気が緩んだのか、それとも父の墓石を前にしてようやく現実に心が追い付いたのか、カガリは顔を苦しげに歪めた。

「どうしよう・・アレックス。私は一人になってしまった」

時に厳しかった父だけれど、それは自分のことを思う故のものだと、カガリも分かっていた。
ウズミは無条件に自分を愛してくれる存在だった。
それを失った今、カガリは広い世界で一人残されたような気持ちだった。

「私を分かってくれる人はもう、どこにもいない」

「カガリ様・・」

「お父様・・お父様・・」

膝をついて、カガリは泣いた。
アレックスも膝を折り、彼女の震える肩にそっと手を置いた。
彼の温かい手のぬくもりが、柔らかな光となってカガリの心を優しく照らし、カガリは悲しみの底からほんの少し顔を浮かせることができた。
目の前には深いエメラルドの瞳が悲しそうな光をたたえて、自分を見つめていた。
優しく寄り添ってくれる彼は、このように絶望に限りなく近い悲しみを味わったことがあるのだろうか。
ふとそんなことを思い、彼に尋ねてみた。

「アレックスのご両親は・・?」

「私は親を知らないのです。どんな人だったか、生きているのか、死んでいるのかも」

アレックスは申し訳なさそうに言った。

「ごめん・・私・・」

慌てて謝るカガリに、アレックスはいいえと首を振った。

「私は最初から一人でした。ですから大切な人を無くす苦しみを味あわずに済んだのです。愛する御父上を失ったカガリ様がどんなにお辛いことか」

「アレックス・・」

何て、彼は優しいのだろう。
自分は天涯孤独だというのに、カガリのことを労わってくれたのだ。
カガリはアレックスの深く広い心に、胸をつかれた気がして、同時に無意識のうちに思った。
彼なら自分に無償の愛を捧げてくれるのではないかと。
そして、見つけたと思った。
父を失った悲しみの穴を埋めてくれる存在を。

「アレックスはずっと傍にいてくれるか?私から離れないでいてくれるか?」

カガリは、縋るようにアレックスの洋服の袖を掴んだ。
アレックスは自分にしがみ付いてくるカガリに僅かに目を見開いたが、優しく、けれどはっきりと応じた。

「私からカガリ様の御傍を離れることは、絶対に致しません」

アレックスは心の中で強く強く、そう誓った。






こうしてこの日を境に、二人はただの主人と護衛という関係よりも、もっと深く強い絆で結ばれたのだった。







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