藍色の秘密





嵐は過ぎ去ったが、薄暗い小屋には何とも言えない静寂が満ちていた。
悪党たちを倒したというのに、アレックスは依然厳しい表情のままで、鋭い瞳をカガリに向けている。

「アレックス・・」

アレックスと出会ってまだ三日だが、それでも彼が穏やかで優しい気性の持ち主だとカガリは知っている。
それなのに今のアレックスは何だかとても怖く、恐ろしく感じた。
いつもと雰囲気の違う彼に居たたまれなくなり、恐る恐る名前を呼んだのだが、アレックスは何も答えない。
肌を刺すような沈黙が怖くて、カガリは言葉を続けた。

「アレックス・・その・・ありがとう」

「私はカガリ様に、私の傍を離れないようにと申し上げませんでしたか」

震える声で礼を言ったカガリだったが、返ってきたのは冷たい声だった。

「う・・うん・・ごめん・・」

「むやみに一人で歩くのは危険だとも、私は申し上げたはずです」

「でも、あいつら・・お父様に隠し子がいるって言って・・いや・・でも・・それも嘘だったんだけど・・その・・」

しどろもどろになるカガリをしばらく冷ややかな目で見つめて、アレックスはやっと口を開いた。

「あいつらがカガリ様に何をしようとしたか、お分かりですか」

「え・・?」

あの男たちは自分をこんなところまで連れてきて、何をするつもりだったのだろう。
改めて問われると、カガリはよく解らなかった。
アスハの姫だと素性がばれているならまだしも、ただの少女でしかない自分に何か彼らの利になるものがあったのだろうか。
アレックスは困ったように瞬きをするカガリを静かに見つめていたが、不意に一歩足を踏み出すと、カガリに近づいてきて。

「えっ・・」

気が付いたら、カガリはアレックスに抱きしめられていた。
絡みつくように、隙間なく身体を密着させられたそれは、親愛を示すようなハグではなかった。

「アレックス・・何・・?」

ただならない雰囲気を感じてカガリは身じろぎするも、アレックスは大して力を込めているように見えないのに、彼の身体から逃れることはできなかった。
彼の吐息を耳に感じて、ぞわりと身体が総毛だつ。

「いや・・アレックス・・放せ」

カガリの心に恐怖が広がっていく。
その恐怖が何に根付いているかは分からないが、今まで感じたことのないアレックスから発せられる空気と、理由の分からない彼の行為がとにかく怖かった。

「放して・・アレックス」

そう言えば、アレックスは放してくれるはずだった。
少なくとも、いつもの優しく穏やかなアレックスだったら。

「やっ・・?!」

しかし、カガリは放してもらうどころか、甲高い悲鳴を上げさせられてしまった。
アレックスの左手がカガリの腰の線をなぞりながら下降して、ふとももを撫で上げたのだ。

「あっ・・あ・・」

そのまま何度もふとももを撫でまわした後、少し下降してカガリのスカートの裾から、その手を内部に潜り込ませた。

「いや・・っあ!!」

素肌に直接アレックスの手のひらを感じて、カガリは耐えるように身を縮ませた。
怖くて怖くて、もがくことすら既にできなかった。
アレックスの手はゆっくりと足を撫でまわしながら、上へ上へと上がっていく。
その手が太ももに到達して、二、三度円を描くように撫でまわした後、スカートの下から手を出し、次いでカガリの身体を解放した。

「・・っ」

拘束が解かれると、カガリは二、三歩後ずさって、アレックスから距離を取った。
怖くて怖くて、怒ることも、声をあげることもできなかった。
ただ、呆然とアレックスを見つめる。
その震える身体と、恐怖で潤んだ瞳からアレックスは目を逸らして、苦しげに言った。

「これに懲りたら、今日のようなことは二度となさらないで下さい」

それはアレックスが小屋に駆けつけてきたから初めて彼が見せた表情だった。
その苦しそうな顔に、声に、カガリの心は締め付けられてしまった。
急に姿を消した自分を、アレックスはどんなに心配したのだろう。
そう考えると、カガリの胸はナイフで抉られるように痛んだ。

「うん・・ごめん・・もう、絶対しない・・」

震える声でそう言ったカガリの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。

「カガリ様・・」

「うっ・・ううっ・・」

労わる様な、痛ましげな声で名前を呼ばれると、溢れる涙は止まらなくなり、カガリは自分からアレックスの胸に飛び込んだ。
さっきはあんなに怖かったアレックスなのに、彼の胸は優しく温かくカガリを迎えてくれた。
アレックスの洋服を皺になってしまうくらい強く握り、零れ落ちる涙で濡らしながら、もう二度とアレックスに心配をかけないとカガリはその胸の中で誓ったのだった。







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