藍色の秘密




「何を言っている。ウズミ様の子供は一人だけだぞ」

男のとんでもない言葉に、カガリは瞳に力を込めた。

「隠し子だって噂だよ。ウズミ様の若いころにそっくりだって、皆が言っている」

カガリの威嚇をやんわりと受け止め、男は自慢するように言った。
父を信じてはいたが、その隠し子とやらがウズミにそっくりだと聞いて、カガリの心は揺れた。

「気になるの?じゃあ会いに行ってみる?大丈夫だよ、ここからすぐだから」

カガリの隙を付け込むようにな男の誘いに、カガリは首を縦に振らざるおえなかった。





男の後ろをついて歩くカガリは、どんどん市街地から離れて、治安のあまり良くなさそうな裏町へと足を踏み入れてしまった。
明るく賑やかだった市街地とは、全く異なる街並みと雰囲気に、段々と心細くなってきてしまう。

(アレックス・・)

今頃アレックスは必死に自分を探しているのだろう。
そう考えると、カガリの胸はチクリと痛んだ。
早く隠し子とやらの正体を確かめて、アレックスの元に戻り、彼を安心させてやりたい。

「なあ・・まだ着かないのか?」

「ああ、ここだよ」

カガリの不安が頂点に達したのと、目的地にたどり着いたのは同時だった。
男は古ぼけた陰気な小屋の前で足を止めた。
とても人が住んでいるような雰囲気ではない粗末な小屋に、カガリは眉をひそめた。

「本当にここにいるのか?」

「そうだよ。入って」

不審がるカガリをせかすように、男は扉を開けるとカガリの背中を押した。
その瞳がキラリと光ったことに気付かずに、カガリは小屋の中に足を踏み入れた。

「何だ・・?」

外観通り、小屋の中も朽ちていた。
古ぼけた家具にすすけたソファやベッド、そして数人の男たちが中にいた。
素行が悪そうで、下卑た笑いを浮かべてカガリを見ている。
パタンと背後でドアが閉まる音が聞こえると、辺りは薄暗い闇に満ちた。
日中なのに薄暗く、窓もない小屋に薄気味悪さを感じながらも、カガリは自分をここまで連れてきた男を振り返った。

「アイツらの誰かが、お父様の子供なのか?」

「どうだろうね」

「なっ・・」

思わず振り上げた手を男に捉えられた。

「何をする!放せよ。冗談なら私は帰るぞ」

「大丈夫。ちゃんと帰してあげる。でもその前に俺たちと遊んでよ」

「ふざけるな!」

捕まれた手をほどこうとしたが、逆に引っ張られ、部屋の奥まで連れて行かれてしまう。

「生意気そうで、可愛いな」

小屋にいた男たちも、ゆらりと立ち上がり、カガリに近づいてくる。
皆、獲物を捕らえるような目をしていて、カガリは背筋が寒くなった。
この男たちが自分に何をするつもりかはよく分からない。
けれども、本能的な恐怖がカガリに危険を教えた。
逃げようとするも、手首を掴む男の手を振りほどくことはできない。

「無駄だよ、お嬢ちゃん」

近づいてきた男の手がカガリに伸ばされ、その頬に触れようとした、その瞬間。

「カガリ様っ!!」

蹴破られるようにドアが開き、太陽の光が薄暗い小屋に差し込んだ。
カガリが弾けるように出口に顔を向けると、息を切らし血相を変えたアレックスがそこにいた。

「アレックス!」

「何だお前は?」

突然の来訪者に、男たちが一斉に睨みを利かせるが、アレックスに怯んだ様子はなかった。

「その娘から離れろ。彼女はお前たちが触れていいお方ではない」

鋭い声と瞳に、男たちは一瞬怯むが、すぐに気を取り直した。
男たちは全員で四人、圧倒的に自分たちが有利だということを思い出したのだ。

「なめたこと言いやがって」

「折角のお楽しみを邪魔しやがって、只じゃおかないからな」

腰にさした安物の剣を取り出し、カガリを捕らえている男以外の三人がゆらりとアレックスに近づいた。

「アレックス危ないっ!!」

男たちがアレックスに飛び掛かったのと、カガリが声をあげたのは同時だった。
三本の剣がアレックスに迫るが、アレックスは身を僅かに屈め床を蹴ると、一瞬でその場から消え去った。
男たちの刃が空を切ったのと同時に、男の後ろに回ったアレックスはそいつの足を掬い、よろけた後頭部を蹴り上げる。
その俊敏な動きに目を見開く残りの二人も軽くいなして、アレックスはカガリを捕らえる男に視線を向けた。

「その娘を放せ」

氷のように冷たい声と瞳で男を見据えるアレックスは、髪も衣服も、呼吸さえ乱れていなかった。

「う・・うわああ!」

圧倒的な力の存在を前に、男はカガリを放すと、一目散にアレックスの横をすり抜け、次いで倒れていた男たちも地を這うようにして逃げて行った。
そのすれ違いざまに、無様に去っていく男に視線すら向けないアレックスの濃紺の髪がふわりと舞った。






.
15/77ページ
スキ