藍色の秘密




「アメノミハシラはお前の故郷なんだろう」

オーブの同盟国、アメノミハシラを統治するサハク家の屋敷。
そのバルコニーから、カガリは眼下の街を見下ろしていた。
オーブと違った異国情緒溢れるその景色に、好奇心は大いに刺激されていた。

「どんな街なんだ。ここから見ているだけでは分からない」

数年に一度、アメノミハシラで行われる式典も昨日で無事に終わり、ウズミは今日一日ずっと会談の予定である。
これ幸いにと、カガリは斜め後ろに控えるアレックスを振り返った。

「アレックス、街を案内してくれ」

「カガリ様。本日はサハクのご子息達とご一緒に、講義を受けられるはずでは」

アレックスは、やんわりと今日のカガリの予定を伝えた。

「講義は夕方からだ。それまでに戻ってくればいいのだろう。なあ!アレックスお願いだ、少しくらいならいいだろう?」

「しかし・・」

「お願いだ!本当に少しでいいから!」

簡単に引き下がるカガリではない。
きらきらと光る蜂蜜色の瞳を向けられて、アレックスは苦笑した。
この瞳を曇らせることなど、できるはずがなかった。

「分かりました・・」

「本当か?!」

カガリが歓喜の声を上げる。

「ただし、本当に少しだけですよ。一時間経ったら屋敷に戻ります」

感情がすぐ表に出る為、無邪気に喜ぶカガリに苦笑しながら、アレックスは念を押すように言った。

「それと、私の傍を絶対に離れないこと。一人で遠くに行っては駄目ですよ。アメノミハシラは平和な国ですが、何があるかは分からないのですから」

「分かっている!大丈夫だ!」

アレックスの言葉に、早く外に出たくて仕方のないカガリは大きく頷いた。




街の探索はとても面白かった。
賑やかな街をただ歩くだけでも充分に楽しかったが、カガリが興味を示したものに、アレックスが丁寧に説明をしてくれて、カガリの好奇心は大いに満たされた。
しかし、そうなると子供のような冒険心は収まるどころか、ますます膨らんだ。
約束の一時間まで、あと十分というとき、カガリはアレックスの腕を引っ張った。

「アレックス、あれは何だ?」

「ああ・・あれはアメノミハシラ流の占いですね」

カガリの視線の先、小さな屋台に若い女性たちが群がっている。
その中央には長いベールを羽織った女性が絨毯の上に座っていて、その周りにさまざまな香料や蝋燭が置かれている。

「面白そうだ。でもすごく混んでるな。どれくらい待つのか聞いてくれ」

「かしこまりました」

香料や蝋燭を利用したアメノミハシラ独特の占いに、カガリは興味を持ったのだろうとアレックスは思った。
一時間という短い時間でも、できるだけカガリを楽しませてやりたくて、占いの小屋へと向かったのだが。

「アレックス、ごめんな!ちょっとだけだから」

アレックスが自分から離れたほんの短い間に、カガリは街の雑踏に紛れこんでしまった。








「賑やかな街だなあ・・」

市街地を歩きながら、カガリはあたりをキョロキョロと見回した。
アレックスと回るのも楽しかったけれど、滅多にできない市街地巡りだ、どうせなら一人でもやってみたかった。
ほんの短い間だし、アレックスがいるだろう占い小屋からそんなに離れるつもりもない。
ただ、市街地の空気を自由気ままに感じてみたかった。
そんな軽い気持ちで、アレックスをまいたのだが。

「わ!」

不意に、肩に衝撃が走った。
どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。
人通りの多い賑やかな道だから、それも仕方のないことだったが。

「へえ、可愛い子だね」

カガリが顔を上げると、自分を見下ろす男の顔が目に入った。
自分よりも二、三個年上だろうか。

「ぶつかっちゃって、ごめんね」

「こちらこそ、悪かった」

あまり離れてはいけないから、そろそろアレックスのところに戻った方がいいかもしれない。
そう思って、カガリはその場を離れようとしたのだが。

「待ってよ。君、どこから来たの?」

男に手首を掴まれてしまった。

「何だよ、放せ」

振りほどこうとしたが、思いのほか男の力は強かった。

「ここの国の子じゃないよね。オーブの子?だったら、ここらへん案内してあげるよ」

「結構だ。悪いが放してくれないか。急いでいるんだ」

「そっか。残念だな。あ、そういえば僕の知り合いにオーブ出身の子がいるんだ。」

アメノミハシラとオーブは人も物も交流が盛んで、オーブ出身者も大勢この国で暮らしている。
だから男の知り合いにオーブの者がいるのは人口の比率からいって、当然といえば当然なのだが。

「その子、オーブのカガリ様の弟だっていう噂なんだよね」






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