藍色の秘密





「見ましたよー!噂の彼」

「本当にアスラン様にそっくり!なんて素敵な騎士様なんでしょう」

「カガリ様には勿体ないですよ~!」

「悪かったな!」

「そうゆうところが駄目なんですよ~」

アスハ邸の南の角部屋、アスハの姫の部屋から聞こえてくる、賑やかを通り越したうるさい騒ぎ声。
それはとても姫の部屋には似つかわしくないものであったが、アスハ邸では日常茶飯事のものだった。
世間一般に姫というものは奥ゆかししく、お上品なものとされているが、この屋敷の姫だけは、世間一般の認識と逆をいく。
特に同年代の少女といるときはそれはより顕著だった。

「アスラン様は王子様だし、物好きにもカガリ様がお気に入りのようだから、諦めるけど」

「アレックス様だったら何とかいけるかもっ」

「こんなガサツで女の子らしさの欠片もないカガリ様の護衛で疲れてるアレックス様を癒してさしあげたいわ~」

「お前ら、ぶっつぶす!」

カガリのどすの利いた声をあげると、ちょうど部屋の扉がノックされた。

「カガリ様。アレックスです。お迎えにあがったのですが・・」

今まさに話の渦中だった人物の登場に、再びカガリの侍女たちから、けたましい歓声があがる。

「お前ら煩い!少しは静かにしろよ!ああ、すまないアレックス、入っていいぞ」

侍女をたしなめつつ、カガリが入室の許可を告げると、カチャリと扉が開いた。
濃紺の髪。
深いエメラルドの瞳に端正な顔。
生まれ持った上品で洗練された雰囲気。
入室してきたアレックスを前にして、カガリは思う。

(本当にアスランそっくりだ・・だけど・・)

アスランとは違う。
それはアレックスがカガリの護衛に就いたこの三日で、たどり着いた結論だった。
確かにアレックスはアスランと見分けが付かない程よく似ていたが、同じ時間を共にすると、アレックスはアスランとは違う人間なのだと肌で感じた。
言うならそれは直感のようなもので、具体的にどこかどう違うとは、はっきりと説明はできない。
だけど、アレックスはアレックスなのだと理解してしまえば、もうアスランと間違えることはなかった。

「どうかしたのか?」

入室したものの、部屋の入り口に突っ立ったままのアレックスに、カガリ問いかけた。

「いえ・・あの・・とても賑やかだなあと・・思いまして・・」

「こいつら煩いんだよ。少しも黙っていられないんだ」

「あー!カガリ様酷いっ!」

「自分だって煩いくせにっ」

再びはじまった舌戦に圧倒されかけたアレックスだったが、すぐに今の状況を思い出した。

「カガリ様、そろそろ出発の時刻ですよ。支度の方は整いましたか」

「ああ、すまない。もう終わっている」

カガリは慌ててアサギ達に用意してもらった荷物を抱えようとしたが、それより早くアレックスが荷物を軽々と持ちあげた。

「では、参りましょうか」

今日、ウズミとカガリはアメノミハシラへ向かうことになっている。
向こうでの式典に招待されたのだ。
アレックスがカガリの護衛の任について三日、初めての国外訪問だった。




「侍女たちと、仲が宜しいのですね」

門に向かう途中の屋敷の廊下で、アレックスが先ほどの光景を反芻するように言った。
アレックスが護衛になってから日数はあまり経っていないのに、軽い雑談や気軽な世間話をするまでに、二人の仲は密になっていた。

「仲がいいというか・・昔からずっと一緒だったからな。あいつらの親がここで働いてたから、あいつらもここで育った。姉妹みたいなもんさ」

「姉妹・・ですか」

「まあ、そんないいもんじゃないけどな!アイツら私に言いたい放題だぞ!さっきだって酷かったんだ!」

ぶつぶつと先ほどの侍女たちの文句を言い始めたカガリの横顔を、アレックスは穏やかに見つめていたが、やがて独り言のようにポツリと言った。

「あなた様は本当に分け隔てなく、人に接するお方ですね」

それは何かを懐かしむような、愛おしむような声音だったが。

「ん?なんか言ったか?」

「いえ・・何も。急ぎましょう。ウズミ様がお待ちです」

カガリに届くことはなく、また届かせる気もなく、アレックスはカガリを城の門へと誘った。





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