藍色の秘密








暖かく柔らかかった日差しが、いつのまにか鋭くなってきた初夏の午後に、それは聞かされた。

「護衛?」

不機嫌そうに聞き返してきたカガリに、マーナは大きく頷いた。

「そうです。姫様ももう十六歳。そろそろ専属の護衛をつけなければいけません」

「そんなものいらない。四六時中ぴったりくっついてくるような奴、邪魔なだけだ」

ふいとマーナから視線を逸らして部屋を出ていこうとしたカガリだったが。

「いけません。貴族の娘は年頃になって殿方に嫁ぐまで、その身を大切に守らなければなりません。護衛をつけるのはオーブのしきたりですよ」

「嫌だ!自分の身くらい自分で守れるさ。それに私は・・」

結婚なんて考えてない。
そう言いたかったのに、濃紺の髪をした少年が不意に頭に浮かんできて、声を詰まらせてしまった。

花祭り夜、アスランにいきなり抱きしめられた。
あれは、一体なんだったのだろう。
感情がすぐ表に出るカガリは、自分から抱きつくことはあっても、アスランから抱きしめられたことは今までなかった。
どうしてアスランは急にあんなことをしたのだろう。
カガリはそれが不思議でならなかった。
それなのに花祭りの翌日、オーブを出立するアスランはいつも通りで。

(本当に、変な奴だな。あんなんでザフトでやっていけるのかよ・・)

「姫様!聞いておられますか!」

「えっ・・」

「ですから、姫様の護衛が先ほど城に到着しましたので、もうすぐこちらにやってきますよ」

「そんな勝手に・・!私は認めてないぞ!」

カガリが叫んだのと、部屋のドアがノックされたのは同時だった。

「失礼致します。姫様の護衛をお連れ致しました」

「お待ちしてましたよ!どうぞ入ってください」

ともすれば自分から駆け寄ってドアを開けてしまいそうなくらい明るく弾んだ声でマーナは言った。
かくして、顔を輝かせているマーナと不機嫌で仏頂面のカガリは入室者を迎えたのだが。

「え・・」

二人とも、息が止まってしまった。

濃紺の髪に端正な顔立ち。
すらりとした細身の身体。
そして、深いエメラルドの瞳。

従者に続いて部屋に入ってきたカガリの護衛の任に就く人物。
それは・・

「アスラン・・」

数か月前にザフトに入隊したはずの、幼馴染だった。






「あの者は今まで傭兵だったのだな」

自らが仕える主君の問いに、キサカは背筋を伸ばして答えた。

「はい。まだ十八歳ながらアメノミシハラでは一番の剣の使い手と称される男で、武術だけでなく頭も相当切れ、誠実で真面目だと評判の傭兵だったそうです」

背後に控えるキサカの返答を、ウズミは窓の外を眺めながら黙って聞いた。
ここはアスハ邸のウズミの政務室。
今、ここには部屋の主であるウズミと、ウズミが最も信頼し右腕としているキサカしかいなかった。
しかし、つい先ほどまではこの部屋で、アスハ邸の従者と一人の若者がウズミに目通りをしていた。
そして今、ウズミとキサカが話しているのは、その一人の若者、ウズミの愛娘カガリの護衛の任に就く者のことだった。

「いやしかし、驚きましたね」

キサカがいまだに信じられないといった様子で言った。

「他人のそら似とはよく言ったものですね。この世には自分にそっくりな人間が三人いると言いますが・・」

しかしウズミはキサカの話には乗らず、先ほどの話に戻した。

「しかし彼は何故、そんなにも腕がたち評判もいいのに、軍にも入らず、どこの家にも仕えず、傭兵としてやってきたのだ?」

「彼の腕を見込んで多くの勧誘があったようですが、何かに所属するのが嫌だと断り続けていたそうです・・」

「それならば何故、カガリの護衛を引き受けたのだ?」

「それは分かりません。私も初めからダメ元で彼に護衛の話を投げたのですが、まさか引き受けてもらえるとは思っていませんでした」

キサカの言葉に、ウズミはしばらく窓の外を眺めたまま何か考え込んでいたようだったが、やがて重々しく口を開いた。

「一か月以内に彼を解任するのだ」

戦場でも政治の場でも、様々な修羅場をくぐり抜けてきたキサカは、わずかなことでは動じない肝の据わった男だったが、この主君の言葉にはわずかに目を見開いた。

「それは一体何故ですか・・先ほどウズミ様に御目通りした際、よく出来た青年だと思いましたが」

キサカはそこで一旦言葉を切って、少し気まずそうに続けた。

「確かに・・彼は年齢を偽っています」

先ほどここにいた少年は、様々なことを経験し乗り越えた者だけが持っている落ち着きと静かな強さを持っていた為、大人っぽく見えた。
普通の者が見たら疑いもなく本人の言うとおり十八歳だと思うだろう。
しかしキサカのように軍人として人間の身体構造をよく知っている者から見たら、彼は十八歳と言うには線が細すぎ、頬はなめらかだった。
人を見る目に長けているウズミも恐らく感づいたのだろうとキサカは思った。

「恐らくはカガリ様と同年くらいかと・・しかし傭兵の世界ではそれは特に変わったことではありません」

傭兵の殺伐とした厳しい世界で生きていくには、若さと言うのは不利になることの方が多いのだ。
それ故、しっかりと統制された軍に身を置く兵士とは違い、傭兵がいくつか年齢を上に見繕うことは珍しいことではなかったのだが。

「儂もそれは分かっておる」

ウズミが護衛の任を解任するように言ったのは、彼が年齢を偽っているからではなかった。

「では一体何故・・」

「分からぬ・・しかし、彼をここに置いていたらいけない。そんな気がするのだ」

もっと漠然とした、しかしはっきりとした得体のしれない恐れからだった。









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