藍色の秘密




「お前何にも抵抗しないで、ただじっとしてるだけだったから、私が来なかったらボコボコにされてたぞ」

いばるように胸を逸らすカガリにアスランは苦笑した。
覚えなどこれっぽっちもない話だった。

「何か別の話と思い違いしてないか?」

「するわけないだろう!私はちゃんと覚えているぞ!」

むきになるカガリに悪いが、アスランはそれをカガリの記憶の混同だろうと思った。
おそらく人から聞いた物語や噂話が、いつのまにか現実にあったことだと思い込んでしまっているのだろう。
何故なら、自分はカガリとの思い出を全て覚えているのだ。
ましてや、自分が悪がきに絡まれたことなど、忘れるはずがない。
しかもそれをカガリに助けられるという屈辱を甘んじて受けるはずもなかった。
だが、カガリにそれは誤解だと告げたら、勝気な彼女のことだ、きっと機嫌が悪くなってしまうだろう。
本当だったらカガリに悪ガキから助けてもらったなど情けない話は、全力で否定したかったが、今カガリの機嫌を損ねるのは避けたかった。
今回がザフトの士官学校に行く前の最後のオーブ訪問で、今喧嘩をしてしまえば、仲直りする機会はなかなか巡ってこないのだ。

「カガリは昔からお転婆だったからな」

アスランは上手く話題を逸らした。

「悪かったな。どうせじゃじゃ馬姫だよ」

ふんとカガリがそっぽを向くその仕草が、アスランはたまらなく愛しかった。

「嫌なんだ。狭い城に閉じ込められて服や花に囲まれて過ごすのは。私だって、色んなものを自分の目や耳で、見たいし聞きたいんだ」

「そうだな」

カガリの真っ直ぐで不器用な気質が愛しくて、アスランの胸がカガリへの想いで満ちていく。
金髪もはちみつ色の瞳も、褐色の肌も。
髪の毛一本から、細胞の一つまでもが尊くて愛しいものだと思った。

「でも心配だ。カガリはすぐに無茶なことをするから」

「私はお前のほうが心配だ。だってザフトって軍隊だろ?お前はすごく頭が良くて器用だけど、戦ったりとかできるのかよ」

「俺のこと心配してくれるのか?」

カガリは活動的な少女だったが、アスランはどちらかといえば部屋で本を読んだり、工芸品や家具の修理をしたりすることを好んだ。
この内向的な少年が厳しい軍隊でやっていけるのか、カガリは少し心配だった。

「そりゃ・・」

「ありがとう、カガリ。すごく嬉しい」

カガリの心配をよそに、アスランは微笑んだ。
心の底から温かさがにじみ出るようだった。

「でも大丈夫だ。俺は強くなりたいと思っているんだ。プラントと・・カガリを守るために」

「私?私は自分の身くらい自分で守れるぞ」

きょとんとカガリが首をかしげた。

「分かってる。カガリは勇敢だもんな。それでも男として、それぐらいの決意は持っておきたいんだ・・」

「アスラン・・」

何と反応していいのか分からないのか、それとも熱の籠った翡翠色の瞳を直視できないのか、カガリは慌てて俯いた。

「でも、お前こそ全然変わってないぞ。昔からお前は頭が良かったからな」

恥ずかしくて何だか居たたまれないような雰囲気を何とかしたくて、ぶっきらぼうな口調でカガリは話題を変えようとした。
アスランはそんな彼女の子供っぽい焦りが手に取るように分かった。

「変わったよ。カガリ」

「え?・・・わっ!」

愛しさが募って、アスランはほとんど衝動的にカガリを引き寄せ、その腕に抱きしめていた。
ディアッカやミゲル、ラスティ達に事前にそそのかされたことは、関係はなく。

「アスラン・・?!」

「俺は変わったよ、カガリ」

その言葉通り、自分を包み込むアスランの身体はカガリが知っていたものよりも逞しく、腕はカガリが覚えていたものよりも力強かった。

「二年待っててくれるか」

アスランはそっとカガリの身体を放すと、蜂蜜色の瞳に視線を合わせて言った。

「二年・・?」

「ああ。二年後、俺は今よりももっと成長して君のところに戻ってくるから」










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