まほろば
「アスラン、今日の放課後予定なかったら僕の家に来ない?」
ホームルームが終わり、鞄を持って立ち上がったところで、アスランはキラに声を掛けられた。
学校では割と行動を供にするものの、休日や放課後を一緒に過ごしたことはないので、キラからの珍しい誘いにアスランは少し驚いた。
幸い今日は予備校が無い。
普通であれば交友を深める為に了承をするところかもしれないが、あいにくアスランの放課後はカガリを堪能する時間と決まっている。
今日は昨年行われたドームツアーのDVDを見ようと思っていた。
決められた予定はないものの、カガリ以外の為に費やす時間は一切なかった。
「いや・・・」
「頼むよアスラン、もうすぐ期末でしょ?」
断ろうと目を逸らしたアスランの瞳を、キラが小首を傾げて覗き込んだ。
縋るように見つめてくる紫色の大きな瞳に、アスランは観念してため息をついた。
「一時間だけだぞ」
「本当?アスランありがとう、助かるよ」
キラは試験前になるといつもアスランにノートを貸してくれと頼んでくる。
頭は良いのだが好き嫌いが激しく、苦手な教科は授業中寝てばかりいるキラのばっちりをアスラン毎回受けているのだった。
「それでさ、今回はノート写させてくれるだけじゃなくて、ちょっと勉強も見てくれない?ほら、アスランも知ってるでしょ?先週僕が一番好きなシリーズの新作ゲームが出てほとんど寝ずにやってたから、今回の試験まじでやばいんだよね」
最寄駅で電車を降りキラの家に向かう途中、ニヘラっと無邪気に笑ったキラに、それで放課後自分を家に誘ったわけかとアスランは合点がいった。
「完全にお前の自業自得じゃないか。手伝うのは今回だけだからな」
悪態をついたアスランだったが、それでもどこか憎めないのはキラの才能なのかもしれなかった。
「ふふ、ありがとう。アスランは優しいね。代わりといっちゃあなんだけど、おもてなしいっぱいするからさ」
「そんなことはいいから、早く済ましてくれよ」
洒落た住宅街を二人並んで歩きながら、キラは横目でアスランを伺った。
「アスラン、最近何かいいことあった?」
「え?どうしてだ」
「なんか最近機嫌がいいからさ。もしかして彼女でも出来た?」
「そんなわけないだろう」
吐き捨てるように言いつつも、内心ぎくりとしたアスランだった。
SED総選挙から一週間経ったが、カガリ六位の余韻をアスランはまだまだ引きずっていた。
気を引き締めていなければ自然とそのことばかり考えてしまい、慌てて表情を引き締めるということが頻繁に繰り返されていた。
さすがに学校で頬を緩めるという失態は冒さないが、浮ついたアスランの雰囲気をキラはめざとく感じ取っていたようだった。
「ふ~ん。まあ君は女の子に興味なさそうだもんね。あ、着いたよ。ここ僕の家」
二階建ての洋風な家の前でキラは足を止めると、玄関、次いでただいまと家の扉を開ける。
話題が逸れたことに安心し、キラに気が付かれぬようほっと息を吐いたアスランは、ぱたぱたと部屋の奥、おそらくリビングからこちらに向かう足音に顔を上げた。
恐らくはキラの母親だろう、挨拶しなくてはとアスランが思った矢先、廊下から現れた人物にアスランの思考が止まった。
―――エ、ドウシテ、ソンナ、アリエナイ
「キラーっお帰り!あれ?」
掛けてきた少女はキラが一人ではないことに僅かに目を丸くした。
「カガリ、ただいま。友達連れてきたから、あとでお菓子とジュース持ってきてよ。一緒に勉強するんだ」
「へえ、分かった」
宜しくねと、ポンとカガリの肩を叩くと、キラは肩越しにアスランを振り返り、こっちだよと玄関の横にある二階へと続く階段を上った。