まほろば
日曜日の午後十二時、ジャスト。
アスランは私室のデスクでパソコンと向き合っていた。
外はよく晴れて、窓からは気持ちいい風が通っているのに、パソコンのキーボードの上に置かれた指は小刻みに震えている。
見開いた視線の先、パソコンの画面に表示された数字を、呼吸を忘れたかのように凝視していた。
―――信じられない
頭のなかで何度もそう呟くが、目の前にある現実は変わらない。
三千四百二票。
第十八位。
SED48の総選挙は最終的な結果発表の前に、中間発表と称し、その時点での順位と票数を公開する。
今日の正午がその中間発表の公開日だったので、パソコンの前でその時を待っていたアスランだったが、示された結果はアスランを激しく動揺させた。
カガリの順位がまさかこんなにも低いとは思っていなかった。
中間発表ではラクスが一位で、その次をルナマリア、ミーア、メイリンが追っており、その次くらいにカガリが入ってくるだろうとアスランは予想していたが、結果はまさかの十八位。
知名度に比べて、その順位はあまりに低かった。
アスランがつぎ込んだ千票を踏まえても、この順位。
「・・・・っ」
思わず肩肘をつき、頭を抱える。
まずい。
非常にまずい。
最終結果が今回とほとんど変わらなかったとしたら、カガリは不人気なのだと世間に受け取られてしまう。
もともとネットやSEDのファン達のなかでもあまり評判の良くないカガリだ。
不人気だというレッテルを、特定の層だけでなく世間一般から貼られてしまうなんて我慢できない。
絶対に阻止しなければ。
頭のなかに差し入れた手で髪の毛をぐっと掴んだとき、携帯から着信音が鳴った。
発信人を見れば、カガ担仲間の一人だ。
「はい」
「ザ、ザ、ザラ氏、中間発表見ましたか?私はもう、ショックでショックで、もうね、本当にどうしていいか、これは、」
通話ボタンを押すと、挨拶も無しに慌てふためいた仲間の声が飛び込んできた。
受話器の向こうで取り乱している様子が容易に想像できる。
「俺もちょうど発表と同時に見たところです。これはまずいですね」
「S、SEDのファンの連中はあからさまな萌えばかりに反応する奴らばかりですから、世間の一般層からしたら明るくて元気なカガリンは絶対人気があるはずなんです!でもCD買って総選挙の投票券を持っているのははSEDファンがほとんどです。一部のファンだけじゃなくて国民投票をやればカガリンは絶対一っ、一位に・・・」
「落ち着いて下さい。この結果に一番心を痛めているのはカガリンです。こういうときこそ、俺たちがしっかりしないと」
「あっあっ、カガリン・・・っそ、そうですよね。まったくザラ氏の言うとおりっです!私ちょっと冷静にならないと」
「はい、これは中間発表なんですから、今から充分巻き返しを狙えます。俺、また買えるだけ買ってカガリンに投票します。カガ担の底力を今こそ見せる時ですよ」
「そっ、そうですよね!!その通りですっ!!いやあ、やっぱりザラ氏はすごいなあ、いつも冷静で、私の方が年上なのにいつも助けてもらっちゃて、情けないです、いやまったくカガリンに怒れちゃいますよ」
「いえ、気が動転してしまうのも、よく分かりますよ。俺だって初めは息が止まるかと思いました。でも今ここで諦めては駄目なんです。再来週武道館でカガリンの晴れ晴れしい姿を一緒に見る為にも、もうひと踏ん張りしましょう」
アスランの励ましにより、何とか立て直した仲間との通話を終えると、アスランはゆっくりと引き出しをあけた。
そこから通帳を取り出し、目の前で開く。
中に記載された数字を眺める緑色の瞳は冴え冴えとして冷静だが、その奥では激しい炎が灯っている。
今後のことも考えて、当初は全ての金額を総選挙に注ぎ込まず一定の残金を残しておく予定だったが。
―――何を悠長なことを言っていたのか
総選挙はそんなに甘いものではなかった。
自分の幼稚さに呆れてしまう。
カガリの人気がいまひとつであれば、自分が他のメンバーのファンよりも人一倍頑張らなければいけないのに。
通帳にぴたりと視線をあて目を細めながら、アスランは再度頭の中で算盤を叩く。
名門ザフト高校で主席を誇るアスランの脳内がものすごい早さで回転する。
―――絶対にカガリを上位に入れてみせる