まほろば


昔から品行方正な優等生だと周りから言われ、自分自身もそう思っていた。

真面目で道を踏み外すようなこともない、絵に描いたような優等生だったアスランに運命の出会いが訪れたのは半年前。
私室で勉強中、息抜きにふとテレビをつけてみると、ちょうどバラエティー番組がやっており、それにカガリが出演していたのだ。
勉強が嫌いではないアスランが息抜きをしようと思ったのも珍しいことだったし、その手段がテレビというのは更に珍しかった。
普段はニュース以外ほとんど観ないアスランが何故その日のその時間に限ってテレビを観ようと思ったのか。
今から考えれば何か不思議な力が働いていたのかと思えるほど、普段の彼では考えにくいイレギュラーな行動をアスランは取り、その結果運命の出会いに結びついたのだ。

ブラウン管越しに対面したカガリに、アスランは息を止めた。
胸を鷲掴みされたかと思う程の衝撃が走る。
画面の向こうのカガリはバラエティの企画なのか、孤児院に訪問し、そこで孤児達と一緒に遊んでいる。
若干釣り目の大きい瞳はよく動き、金髪の髪がサラサラ揺れる。

―――なんて元気な子なのだろう

カガリは今までアスランの周りにいた女の子とは雰囲気が違っていた。
周りの目を気にせず走り回って息を切らし、健康的な肌には汗が伝う。
髪の毛も瞳も、その表情すらも光り輝いてうて、まるで内側から光を放っているかのようにアスランには見えた。

―――目が離せない。


その女の子が、国民的アイドルSEDに所属するカガリ・ユラ・アスハだと知り、その日からアスランは彼女の熱烈なファンになったのだ。



言いたいことのほんの一片さえも言えなかった自分を情けなく思うと同時に、久々にカガリを真近で見た高揚感で心臓を高鳴らせたアスランがブースから出ると、待っていてくれた仲間たちがわっと駆け寄ってきた。

「ザラ氏!大変です」

「はい、僕も久しぶりにカガリンにあって大変なことになってますよ」

いまだ夢心地のアスランに、仲間の一人が必死な形相で激しく頷いた。

「そうですよね!!それは私もなんですけど、今チームC公演に行っているトレイン氏から連絡が入りましてね、来月SEDの人気投票を行うらしいんです!」

「人気投票っ?」

アスランの意識が一気に現実へと戻る。
男は唾を吐きながら捲し立てた。

「はいっ!!正式には総選挙というらしいのですが、再来週の出る新曲のCDに投票権をつけて、その結果で次の曲のポジションが決まるそうなのです」

「えっ?!」

「しかも結果発表は武道館で、その様子はテレビで生放送されるそうです!!」

「なんですって?!」

「ザラさん、これは、これは大変なことになりますっ!全総力を挙げてカガリンを上位に!!」

目の前で興奮する仲間たちの声が、アスランにはどこか遠かった。
ことの重大さに、感覚が追い付かないのだ。
その総選挙とやら、テレビ中継が入るならSEDオタクだけではない、きっとプラントと地球全体が注目する。
プロデューサーは世間を巻き込んだ一大イベントにするつもりだ。
カガリの人気があることを、全世界に知らしめなくてはいけない。
ここがカガ担の力の見せ所、ここで頑張らなかったらどこでカガリ愛を発揮すればいいのだろう。
アスランはめらめらと闘志を内に秘め、心のなかで確固たる決意をする。

―――君は俺が貢ぐ!!




早速家に帰るとアスランは私室に直行し、引き出しから通帳を取り出した。
アスランはアルバイトの経験がなかったが、父親が現役議員であり、代々議員を排出するザラ家と孫にめっぽう甘い母方の祖父母から毎年かなりの額の小遣いを貰っている。
ほとんど遊び歩かず、プラモデル以外に物欲もないアスランだったから、それらは全て貯蓄に回し、いざというときの為に取っておいたのだ。

「へえ、思ったよりあったな」

通帳を開き貯金額を確認しながら、アスランは頭のなかで算盤を弾く。
握手会やライブ、その交通費、またCD、DVD等の定期的にある出費は月々の小遣いからまかなえる。
とすれば定期預金はほぼ今回の総選挙用のCD代に回せるはずだが、総選挙が今年だけとは限らないし、それ以外にも大きな出費を余儀なくされるイベントがあるかもしれない。

「となれば、今回出せるのは・・・」

よし、とアスランは小さく頷く。
頭で弾きだした枚数、CDを購入すれば、かなりまとまった票がカガリに入る。
全体票のなかでもある程度の割合を占める票数になるはずだ。
アスランは上位に入ったカガリの姿を想像した。
武道館のステージで嬉しそうにファンへに感謝を告げるカガリの、なんと誇らしいことか。
組織票と言われても、気にするものか。
むしろこれだけ熱心なファンを獲得したのもカガリの実力だ。

―――ザラ家の実力を見せつけてやる。

アスランは通帳を握る手に力を込めた。
ファンの矜持にかけてカガリを上位にいれてみせる。

絶対に負けられない戦いが、――――始まる。













投票権のついた新曲が売り出されると、総選挙は各テレビ局のワイドショーでも取り上げられ、世間はその話題で持ちきりになった。
SED48に興味のなかった層も総選挙は気になるらしく、アスランの目論み通り総選挙の注目度はかなりのものになった。

「ねえ~SED、総選挙やるんだってー」

「え~お前だったら誰に入れる?」

「ラクス様かな~、やっぱり」

「鉄板だねー、俺だったらラクス様と迷って、最後にルナに入れるかな」

「ルナも良いよね~。でもメイリンも可愛いっ」

学校での休み時間、後ろから聞こえてくるわいわいと盛り上がるクラスメイトの声に、アスランは歯ぎしりしたい気分だった。
クラスでも総選挙は皆の話題になっているが、アスランが崇拝するカガリの名はなかなか出てこない。
カガリは最近SED48以外にもバラエティーやイメージモデルなどて知名度は上げているはずなのだが、今ひとつ人気に結びつかない。
カガリがどんなに素晴らしい女の子か声を大にして説明したいアスランだったが、クラスメイトの輪の中に入ることは出来ず、涼しい顏をしながら一人机の下で拳を握ることしかできない。

自分が周りからどう思われているか、アスラン自身もよく分かっている。
真面目な優等生。
その仮面を壊すのは、期待してくれている人たちに申し訳なくて、どうしてもできなかった。
生真面目な自分がSED48に狂っているなど周りに知られたら、一体どんな反応をされるのか。
それにカガリを応援するときが、アスランが自分を解放できる唯一の時間だった。
そんな聖域をむやみやたらに他人に曝したくない。
そういうわけでSED48のファンだと、アスランは皆に隠している。
クラスメイトはもとい、親にもだ。
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