まほろば
アスラン・ザラは急いでいた。
成績優秀眉目秀麗、運動神経は抜群で、おまけに親は政界の重鎮であり御曹司でもある彼は、当然学校内で絶大な人気があった。
今もクラス、学年を問わず、下校中の女子生徒が彼に羨望の眼差しを向けているが、肝心の当人はそんな視線に一切気が付くこともなく、長い脚をさっさと動かし早足で昇降口に向かっている。
「ねえ、ザラ君。私たちこれから皆で駅前のカフェに行くんだけど一緒にどう?ミゲル先輩たちもいるわよ」
「悪いけど、用があるから」
完璧である彼を大抵の女子生徒は遠巻きに彼を眺めているだけだったが、それでも華やかな容姿をした同じクラスの女子生徒がアスランに声を掛けたが、彼はすげなくその誘いを断った。
「何よ、アスランはいつもそうじゃない。たまには付き合ってくれてもいいんじゃない?」
「ごめん、本当に急いでいるんだ。それじゃあまた明日」
なおも食い下がった女子生徒を申し訳なさそうに、それでもきっぱりと拒絶すると、彼はそのまま廊下を抜けて行った。
――――間に合わないかもしれない
高校の最寄駅から電車に乗り、目当ての駅で降りると、アスランは駆け出した。
初めて降りる駅で土地勘はないが、地図は大体頭に入っている。
それでも時間はギリギリだ。
――――よりにもよって、何で今日っ!
見慣れぬ道を疾走するアスランの真剣な表情は、周りからクールだと評される彼にはとても珍しいものだ。
クラスメイトでさえ見たことはないだろう。
しかし放課後の彼こそが、本当の彼なのかもしれなかった。
ほんの数か月前の自分からはとても想像できない自分だ。
交通量の多い大通りを抜け、角を曲がり、直線を全力疾走する。
その正面にあるのは、本屋だった。
もう既にかなりの人が並んでいる。
――――くそ、やられた!
舌打ちしたい気分になり、もう駄目かもしれない、いやまだ間に合うかと焦るアスランの視界に見慣れた顔が数人映った。
彼らは何層も折り返した列の中からぶんぶんと手を振っている。
「ザラさん!!早く!!」
「整理券、あと七枚!!」
――――七枚。
まだ残っている。
なんとしても、それを手に入れなければ。
高校でもベスト3にはいる俊足を活かし、アスランは書店に駆け込むと一番目立つコーナーに置かれた本をもの凄い勢いで掴んだ。
本を買わなければ整理券は手に入らない。
もちろん整理券なんてものがなくても、アスランは当然その本を買っていただろう。
観賞用と切り取り用、保管用、それぞれ少なくとも二冊ずつ、合計六冊は確実だ。
けれども整理券があるというのなら、必ずそれはもぎとらなくてはいけない。
それは、―――アスランの使命なのだから。
レジに駆け込めば、並んでいるのは四人、全員同じ本を抱えている。
残った整理券は五枚。
――――やった!!
ピッと軽かいなレジの音がして、アスランは会計を済ませた。
書店の袋に入った袋を渡してから、店員は次いで黄色いチケットをアスランに差し出した。
「こちらはカガリ・ユラ・アスハさんの握手会の整理券になります。握手会は四時半からなのでそれまではそちらの列にお並び下さい」