まほろば



目の前の光景に、カガリは絶句していた。
壁一面にはポスターがきっちりと貼られており、棚にはDVDや写真集がぎっしりと並べられ、ライブやコンサートのグッズに生写真がところ狭しと飾られている。
部屋の前で立ち尽くすカガリの背中をそっと押し、中に入るように促す。
自分で埋め尽くされた部屋におずおずと足を踏み入れ、カガリはゆっくりと部屋を見回した。

「わざわざ、集めてくれたのか?」

どうやらアスランがカガリと親しくなった為、義理で彼女のグッズを集めたと思っていたらしい。

「それでこんなに集まると思うか?これとか、入手困難なの知ってるだろ」

大切に保管しているグッズを棚から一つ取りだし、カガリによく見えるように掲げた。

「どうしてアスランがそれを持っているんだ」

「始発で並んだんだよ。引換券を他のメンバーのファンと交換したりして、やっと手に入れたんだ」

カガリは訳が分からないという顏でアスランを見つめている。

「俺はずっと君を応援していた。君からいつも元気をもらっていたんだ」

「え……」

「本当はもっと前から俺と君は会っていたんだよ」

手にしていたグッズを棚に丁寧に戻し、代わりに取りだした缶の蓋を開けると、中には小さな紙がたくさん入っていた。

「それ……」

「この前の写真集とき、こっちは新曲の時、四回回ったんだ。その前は三回」

「嘘、お前まさか握手会に」

「一日に二十回以上行かないと、顏を覚えてもらうのは難しいよな」

「そんな、だって……」

「ごめん、君のファンだってこと、言い出せなくて。キラにも言ってないんだ。知ったらきっとびっくりするな」

アイドルなんて興味の無い、つまらない優等生。
そんな優等生が初めて惹かれたのが、アイドルだった。
住む世界が違うとか、そんなことはどうでもいい。
自分がこんなに何かを強く想えるということを教えてくれたのは、紛れもない事実なのだか
ら。
「一目見た瞬間から、君に引きつけられたんだ」

まるで強い光を放っているようで。
無機質な生活を送っていた自分を、カガリは変えてくれた。
そう思うと自然と穏やかな表情になる。

「アスラン」

澄んだ琥珀の瞳から、透明な光の筋が流れ落ちる。

「ずっと、応援してくれてたんだな。それなのに、私……」

泣き出してしまったカガリの肩をそっと促し、クッションに座らせた。
その正面にアスランを膝をつく。

「お前を……っ、ファンを、裏切るようなことして」

SEDのメンバーは、「身近な女の子」を売りにしていながら、決して普通の女の子にはなれない。
身近さ、手軽さに価値を置きながらも、彼女たちは紛れもなくアイドルなのだから。
それはどんなに酷なことだろう。
しかし、それでもカガリに一人前のアイドルになってもらいたい。
その為に、できることはなんだろう。
アスランははらはらと涙を流すカガリの顏をそっと覗き込んだ。

「カガリのことが大切だから、俺は君をずっと応援するよ」

涙で濡れた琥珀がアスランをそっと見上げてくる。
綺麗な琥珀をこんな近くで見つめることはできるのも、きっとこれが最後なのだろう。

「カガリにもっと輝いてほしいんだ。だから全力で君を支える。ずっとカガリを見ているよ」

「アスラン……」

コンサート会場でも、イベントでも、必ず観客席からカガリを応援しているから。

「夢を掴んで欲しいんだ。そして、俺たちにも夢を与えて欲しい」

目を閉じ、うんと頷いたカガリの目尻から、ぽたぽたとまた涙が溢れた。





アイドルは所詮、虚構の像なのかもしれない。
けれど確かに、彼女たちから力を貰っている人達がいる。
虚構と現実が入り乱れた不安定な場所であっても、そこには確かに夢があるのだ。
物理的に距離はあっても、同じ夢を見ているのなら、それは傍にいることと同じなのだ。

































***********






後日談










SED初のコズミックドーム公演初日。
既に開場し後は開演を待つばかりのドームのロビーでは、SEDのファンたちがごったがえしていた。
その中で特に人がひしめき合っている場所があり、少年たちは少し離れた場所から恐る恐るそれを観察していた。

「もしかして、あれってジャスティスさん?」

「うわ、完全そうだわ」

「お前話しかけに行って来いよ」

有名人を見つけ、話してみたいと思うが、初めてコンサートにやってきた彼らはまだ勇気がない。
押し合いながら、遠くから彼を見ているだけだ。

「君たち、ひょっとしてカガ担?ジャスティス氏に話しかけたいの?」

「うわっ」

背後から話しかけられ、彼らは飛び上がった。
振り向けばカガリの公式シャツを着た、自分たちよりも幾分年上の青年が立っていた。
少年たちも同じシャツを着ていたので、推しメンがカガリだと分かったらしい。

「そんな……、ジャスティスさんなんて雲の上の人ですから」

「いやいや、カガリンを応援する人なら、どなたでもウェルカムですよ。私、ザラ…、ジャスティス氏とは懇意にしていますからね」

少年たちの顔が明るくなったのを確認して、青年は彼らを人混みの中心に連れて行った。

「ザ……、ジャスティス氏、カガ担のニューカマーを連れてきましたよ」

少年たちは、どきどきと胸を高鳴らせ、中心に立つ青年が振り向くのを凝視していた。

「君たちもカガリンのファンか」

そう穏やかに話しかけてきたのは、こんなに美しい人は見たことがないというくらい整った顔立ちの男だった。

「ぼっ僕、ジャスティスさんを尊敬してるんですっ」

気が付けば、少年は唾を飛ばしながらそう口にしていた。
それも当然だ。
カガ担の、コードネーム「ジャスティス」といえば、カガ担のみならず、SEDのコアなファン層にまでその名を轟かせており、神と称されるSEDトップオタの一人だ。
彼のカガリに対する熱狂的でいて理性的な応援は、全てのSEDファンから敬意の眼差しを注がれている。
以前はSEDのなかでも過激なファンが多く、疎まれがちだったカガリファンが、今ではもっともマナーがいいと評されるまでになったのは、ジャスティスの存在が大きいと言われている。

「何ていうか、上手く言葉にできないんですけど、カガリンのこと、大きな愛で包み込んでるっていうか!」

捲し立てる少年に、ジャスティスと呼ばれる青年は穏やかに微笑んだ。

「カガリンを純粋に愛しいと思うならば、そういうふうに応援できるはずだよ。そうしたら彼女の成長を願い、それを感じ取ったとき、耐えがたい程の喜びを感じるようになるさ」

「はい……」

憧れのジャスティスから言葉を貰い、心ここにあらず状態の少年だったが、開演十分前を知らせるブザーの音にはっと意識を取り戻した。
目の前の青年も、どこか遠くを仰ぎ見るような目をしていた。

「もう始まるな。今日も全力でカガリンを応援しよう」

「はい!」

少年は大きく頷いた。
夢の時間が、始まる。

















【終】

















アイドルオタのアスランが書きたくて始めたお話でした。最後の後日談は、本当になんと言っていいのか、ギャグなのかシリアスなのか分からない中途半端な立ち位置のお話になってしまいましたが、ジャスティスさんはどうしても書きたかったんです(笑)
短いお話なのに、完結までかなり時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。
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