まほろば

日当たりのいいリビングには、アスランとカガリ、二人だけが残された。

「アスラン、あの…」

気まずい沈黙を破ったのはカガリだった。
声を喉から押し出すようようなカガリの視線は、しかしノートに留まったままだった。

「本当はキラには無理言って付いてきてもらったんだ」

無意識に力を込めているのだろう、シャープペンシルを握る手は白い。

「アスランに謝りたくて…」

一呼吸置いて、意を決したように顏を上げたカガリは今にも泣きそうな顔をしていた。

「私…っ、あんな奴とキスするのなら、先にアスランとキスしたいって、そう思ってっ…」

勢いよく胸の内を曝したあと、カガリは辛そうな目でアスランを見つめた。
琥珀色の瞳は不安に揺れている。

「私のこと、軽蔑したか…」

「軽蔑はしないが、軽率だとは思う。君はアイドルだろう」

アスランがアイドルの立場に言及したので、カガリは驚いたようだった。
芸能関係に無知であるはずのアスランが、SEDの恋愛禁止の掟を知っているとはまさか思っていなかったはずだ。
今までアスランとはほとんどSEDの話をしたことがないのだから、当然といえば当然だろう。

「そうだけど、でも…」

いつも優しいアスランの固い態度に金色の睫が震わせ、それでもカガリはカガリはアスランに伝えようとした。

「私、アスランが……」

「自分の身を切ってでも全身全霊で君を応援してくれるファンがいるんだ。そんなファン達を裏切るなんてもってのほかだ。君にはプロ意識がないのか」

しかしそのカガリの言葉を、アスランは僅かに強い口調で遮った。

「君の行為は裏切りなんだぞ」

「アスラン…」

声を荒げてはいないが、アスランの厳しい言葉に、カガリは呆然とアスランを見つめた。
やがて、その琥珀色の瞳から、透明な涙が一筋零れ落ちる。
ぽたり、と涙が顎から落ちると、アスランは表情を軟化させた。
カガリを傷つけたいわけではない。
ただ、分かってほしかった。

「君が頑張り屋なのはよく知ってる。だからこそ、一時の感情に流されてファンを裏切るようなマネはしちゃいけない。君の夢はSEDの活動を通して、世界貢献することだろう」

「どうしてそれを……」

「来て」

アスランは椅子から立ち上がると、カガリにも立つように促した。
おずおずと立ち上がったカガリを、付いてくるように促し、リビングルームを出る。
案内した先はアスランの自室だ。

「アスラン……?」

アスランの行動の意味が分からず、怪訝そうなカガリの様子を背中で感じて、アスランは小さく深呼吸する。
どくどくと心臓が激しく鳴っているのが自分でもよく分かった。
この扉を開けたら、全てが終わってしまう。
今まで誰にも見せたことのない、アスランの聖域。
開放するのは、とても怖い。
しかし、カガリの為にアスランは一度ぎゅっと固く目を閉じてからドアノブを回した。

「え、これ……」

アスランの背中越しに見える部屋の様子に、カガリが息を呑んだのが伝わってきた。
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